山田吉彦(東海大学海洋学部教授)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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大陸国家型の海洋戦略

佐藤 中国の海洋戦略については、どのようにお考えですか。

山田 これはトウ小平以来、少しもブレていない。国策としての海洋進出の方針をまったく変えていません。その当時、九州を起点に沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオに至るラインを第1列島線、伊豆諸島を起点に小笠原群島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るラインを第2列島線として、対米防衛のための軍事ラインを定めましたが、このコロナウイルス感染拡大の最中でも、南シナ海、東シナ海での行動は少しも変わらない。むしろエスカレートしている様子です。尖閣諸島にもどんどん船が入ってきている。海を使って中国の影響力を世界に広げていくという基本的な方針のもと、一つひとつ、コツコツ時間をかけて着実に進出しているのが今の中国です。

佐藤 普通の海洋戦略だったら、基本的には海上のネットワークの強化をしてくると思うのです。しかし中国は、暗礁の上にコンクリートを打ち込んで人工島を作り、そこに基地を建てて、人を居住させる。つまり直接、領域拡張をしているわけです。これは今までの海洋国家の戦略とは違う気がします。

山田 そうです。やはり大陸国家が海洋進出しているから、そういう発想になるのだと思います。拠点形成、つまりは城を作らないと、周りを押さえられないと考えている。

佐藤 大陸国家型の海洋戦略ということですね。

山田 その言葉が一番ぴったりきます。海洋国家には、洋上に基地を作るなんて発想はありませんでした。ですから最初その動きを軽く見ていた。でも南沙諸島や西沙諸島で、最新の技術を使って簡単に島ができてしまうと、ものすごいパワーを発揮したんですね。そこに滑走路を作ったり、レーダーを設置したり、ミサイルを配備した。南シナ海はもう中国がほぼ手中に収めたと言ってもいいかもしれない。

佐藤 それに対する警戒感をもっと早くに持っていないといけなかった。

山田 東シナ海でも同じようなことが進んでいます。その海域にいきなり人工島を作るほどの力はないと思いますが、ガス田開発という名目で拠点となりうる施設をいくつも作っている。いざとなれば、洋上基地になりうる施設です。

佐藤 こうした動きと同時並行で、中国は歴史の書き換えを少しずつ始めていますね。あまり指摘されませんが、中華民国と中華人民共和国の領土観は違います。中華人民共和国にとってモンゴルや琉球は中国外ですが、中華民国にとってはどちらも失われた中華民国領です。どうも最近の北京政府の様子を見ていると、中華民国の琉球観の方へ書き換えを始めている感じがします。そうすると尖閣問題は非常に面倒なことになってくる。

山田 彼らは用意周到ですから、動き出した時に後追いするようでは遅い。例えば地図論争になったら、お互い道筋が見えなくなります。日本の地図に書いてある、中国の地図に載っているという話は、非常に曖昧な議論です。時代も国家の枠組や制度も違うところで争っても、一致点は見つかりません。歴史的な経緯を踏まえた上で、将来を見据えたやりとりが必要です。そのためにも中華民国=台湾と中国が一体化しないよう対策を練っていく必要がある。

佐藤 日本にも弱点があって、例えば分島条約案です。1879年に沖縄県が設置されたその2年後、清国との交渉で、宮古・八重山諸島を割譲する代わりに、清国内で欧米並みの通商権を得るというバーターの条約案を作って署名までしている。ただ李鴻章が最終段階で批准せず、その後の日清戦争によって台湾が日本領となりましたから、交渉自体がなくなりました。ただ一度は割譲しようとしていた。中国はそこを突いてくる。

山田 歴史論争というのは非常に難しくて、お互い譲れない立場、見方があります。

佐藤 日韓、日中の歴史観というのだったら、まず韓国と北朝鮮との共通の歴史観や、中国と台湾で統一した歴史観で我々に当たってくれ、と言いたいところですね。歴史観が共通になるのは、同じ国になってしまうことです。日中なら中華人民共和国に日本が併合されるか、日本が中華人民共和国を併合するしかない。

山田 それぞれの歴史、民族性を踏まえて歴史観は作られ、あるいは作っていくものなので、迎合することはできません。だから日中、日韓の歴史観が一体になるのは、幻想でしかありません。

佐藤 私はこのパンデミックが、今後のさまざまな外交交渉に影響してくると思っています。もし半年くらいで終息すれば、大きくは変わらないでしょう。でも1年以上引っ張ると、国際秩序全体の位相が変わってきます。それは欧米での犠牲者が極度に増えることを意味しますから。

山田 すでに国境の壁が非常に高くなっています。EU各国も国境の壁を作らなければ自国民を守れなかった。それが1年も続けば、移動制限も定着してくるし、壁も当たり前のものになってくる。それを壊すのには、また別の力が必要になりますね。

佐藤 ベルリンの壁は十数年で建設できましたが、壊すとなると30年近くかかりました。

山田 そうですね。

佐藤 1年以上続くなら、早期にうまく終息させた全体主義的な国家統治の方がいい、という話が当然出てきます。同時に、終息に成功した国は、自国の歴史観をむき出しに、強硬な姿勢で外交に臨んでくるでしょう。北方領土問題でも、ロシアから領土返還なんてとんでもない、という話になりかねない。

山田 交渉は、一度止まってしまうと、すぐ振り出しに戻ります。だからそうならないよう、早くパンデミックを終息させないといけない。

佐藤 ええ。パンデミックをいち早く終息させることは、国際社会の不安定化を防ぎ、北方領土問題にもプラスになると思います。

山田吉彦(やまだよしひこ) 東海大学海洋学部教授
1962年千葉県生まれ、学習院大学経済学部卒。東洋信託銀行に入行し、91年に日本財団に移る。海洋グループ長、海洋船舶部長などを歴任し、2008年に埼玉大学大学院博士課程終了(経済学博士)。同年、東海大学海洋学部准教授となり、翌年より現職。著書に「日本の国境」「国境の人びと」「日本の海が盗まれる」など。

週刊新潮 2020年5月21日号掲載

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