「コロナ禍」の陰で「日本語学校」悪質極まる「人権侵害」の闇を追う(上) 「人手不足」と外国人(49)

国内 政治

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 アジア新興国の貧しい若者を借金漬けで来日させ、日本人の嫌がる底辺労働に利用してきた「留学生30万人計画」。その実態は、本連載で繰り返し報じてきた。前回(2020年4月23日『家族も看取れずブータン女性「脳死」を招いた「留学生30万人計画」の罪科』)の連載でも、日本で亡くなったブータン人女子留学生の悲劇を取り上げた。

「30万人計画」の恩恵を最も受けてきたのが「日本語学校」だ。

 日本語学校は近年、猛烈な勢いで増え続け、全国で800校近くを数えている。出稼ぎ目的の“偽装留学生”を大量に受け入れた結果である。

 日本語学校をめぐる不祥事は、たまにニュースとなる。だが、新聞は深掘りし、「30万人計画」の構造的な問題にまで踏み込んで報じない。

 なぜか?

 それは新聞配達の現場で、留学生のアルバイトとして認められる「週28時間以内」を超える違法就労が横行しているからだ。

 新聞やテレビに登場する大学教授ら「有識者」は、実態をわかっていながら口をつぐむ。

 なぜか?

 留学生の受け入れで経営維持を図る大学が増えるなか、「30万人計画」に異論を唱えれば、自らの立場が危うくなってしまうからだ。

 関係省庁も、現状を改善する気はない。

 なぜか?

 同計画を「成長戦略」に掲げる安倍晋三政権の方針には逆らえないからだ。すべて本連載で過去に詳述してきた内容である。

 その陰で、同計画の犠牲となり、不幸のどん底に突き落とされる留学生たちが後を絶たない。

 今年1月、ある日本語学校の関係者から、筆者のもとに情報提供があった。学校内で留学生に対するひどい人権侵害が起きているとの内容だった。

 以降、筆者は4カ月にわたって取材を重ねた。関係省庁や自治体に対しても見解を問うた。その内容を、今回から3回にわたって詳しく書いていく。

 前もって断っておくと、決して“特殊な”日本語学校で起きた不祥事ではない。「30万人計画」のもと、「新型コロナウイルス」禍の影響も相まって、大半の日本人が気づかない場所で起きている現実の一端に過ぎないのである――。

帰国を勧める日本語教師

 新型コロナの感染が拡大し、緊急事態宣言がまず7つの都府県で発令された4月上旬――。

 ベトナム人留学生のカオ・タイン・クオン君(26歳)は、同胞の友人と暮らす栃木県宇都宮市内の狭いアパートの1室で頭を抱えていた。彼は3月に日本語学校を卒業した後、ベトナムへ帰国するはずだった。しかし、新型コロナの影響で帰国が不可能になっていた。

 日本語学校在籍中に更新した留学ビザは、4月24日に在留期限を迎える。期限を延長してもらおうと、クオン君は前日、宇都宮の入管当局を訪ねた。

 しかし、すでに日本語学校を卒業しているため、延長は認められなかった。

 入管の担当者はネットで航空券が売られていることを指摘し、購入して帰国するよう促したという。

「確かに、チケットは売っています。でも、飛行機が飛ばない可能性が高いんです」

 クオン君が必死に説明しても、担当者は首を縦に振らなかった。

 在留期限が切れれば、不法残留になってしまう。彼は卒業したばかりの日本語学校にも相談した。しかし入管と同様、学校側も帰国を急かした。その際の日本語教師とのやりとりが、音声データで残っている。

クオン君「(ベトナムまでの航空券は)今、売ってない。5月まで、全然ない」

教師「(ネットのチケット販売サイトを検索して)20日、22日、24日……17日もあるよ。真夜中に(クオン君の故郷近くのホーチミンに)着く便だけど」

クオン君「(片道航空券で)24万円! 買えない、先生。高い!」

教師「日本の飛行機が高いのは仕方ないよ」

クオン君「高すぎるよ。それは買えない」

教師「仕方ないよ。クオンさん、それしかないよ、帰る方法が」

 日本とベトナムを結ぶ航空券の価格は、オフシーズンであれば往復5万円程度だ。しかも「24万円」の航空券を購入したところで、運行されない可能性が高い。金銭的に余裕のないクオン君には、リスクを承知で買えるものではなかった。

 クオン君は卒業しているとはいえ、日本語学校は留学生の側に立ち、入管当局に在留延長を掛け合うべきところである。にもかかわらず、何とか彼をベトナムへ帰国させたがっている。クオン君が不法残留となり、入管から学校の責任を問われることが嫌なのだ。

 それにしても、なぜ彼は教師とのやりとりをわざわざ録音する必要があったのか――。

「証明書」を発行しない学校

 クオン君はベトナム南部、ロンアン省の出身だ。地元で医療系専門学校を卒業後、
ホーチミンの病院で介護の仕事に就いていた。当時の月収は日本円で4万円ほどだった。物価の急騰が続くホーチミンでは、生活するだけで精いっぱいである。そこで彼は人生を変えようと、日本への留学を思い立つ。

 留学費用は、日本語学校に支払う初年度の学費や留学斡旋業者への手数料などで、日本円にして「約150万円」に上った。クオン君の実家は農家で、決して裕福ではない。そのため費用の半分近くは借金に頼った。こうした借金を背負っての来日は、新興国の留学生の大半に共通する。

 彼は2018年7月に来日した。留学先となったのが、栃木県宇都宮市にある日本語学校「セントメリー日本語学院」(以下、セントメリー)だ。

 セントメリーは、JR宇都宮駅西口を出て徒歩2〜3分の場所にある。一級河川「田川」の脇に建つ10階建てのビルに入っている。

 関係者によれば、2階の一部が学校事務所となっていて、その他は教室と留学生寮に使われているのだという。350名という定員数は東京などの大規模校と比べれば少ないが、校舎の立派さでは引けを取らない。

 セントメリーの設立は1982年と、日本語学校としては老舗の1つだ。文部科学省の「準備教育課程」指定校にもなっている。

 準備教育課程とは、海外で高校を出ていない外国人が、日本の大学への入学を目指す際に受ける教育を指す。その教育を施す資格のある学校として、文科省のお墨つきを得ているわけだ。

 そのセントメリーの関係者から今年1月に届いた情報は、こんな内容だった。

「留学生たちが専門学校への進学や、就職ができなくて困っています。セントメリーは系列の専門学校に留学生を進学させようとして、他校への進学などを希望する留学生に対し、必要な書類の発行を拒んでいるのです。入管や警察に駆け込んだ留学生もいますが、助けてはもらえなかった」

 日本語学校の留学生は専門学校や大学に進学する際、「卒業見込み証明書」や「成績証明書」「出席証明書」などを進学先へ提出する必要がある。就職を希望する留学生であれば、留学ビザを就労ビザへ変更するため、証明書を法務省入管当局に提出しなければならない。

 その証明書の発行をセントメリーは拒み、系列の専門学校への進学を強要しているというのだ。事実であれば、重大な人権侵害である。

 情報提供があって以降、筆者はセントメリーの留学生や元教師らと会うことになった。留学生たちへの取材時には、証言を正確に聞き取るため日本語が堪能なベトナム人通訳を伴った。そうして話を聞いた1人がクオン君なのである。

 クオン君はセントメリーを卒業後、ある大学への進学を希望していた。彼の日本語能力は簡単な会話がやっと成立するレベルだ。しかし、日本人の学生が集まらないため、学費さえ払えば語学力を問わず、留学生の入学を認める大学や専門学校が増えている。クオン君が志望した大学もそうだった。

 ただし、日本語学校の「卒業見込み証明書」や「出席証明書」は重視される。

 卒業見込み証明書は、日本語学校に留学生が学費を払っていた証しとなる。また、出席証明書に記載された出席率が高ければ、大学に入学後、失踪する可能性が低いと判断できる。学費の未払いと失踪は、進学先の学校が最も恐れることなのだ。クオン君が無念そうに言う。

「証明書さえあれば、試験を受けなくても大学には入れました。だけど、セントメリーが証明書を出してくれなかった。だから僕は、帰国することにしたんです」

突然の「卒業試験」

 日本語学校は通常、在籍する留学生の進学を後押しする。

 法務省は2019年8月、日本語学校に対する「告示基準」を改定し、卒業生の7割以上に進学もしくは就職、「CEFRのA 2 」(最も一般的な日本語能力試験で「N4」に相当)以上の日本語レベルを習得させるよう求め始めた。

 この基準を満たさなければ、新規の留学生の受け入れができなくなってしまう。だから日本語学校は、できるだけ多くの留学生に進学や就職をしてもらいたい。

 セントメリーもかつてはそうだった。しかし昨年10月に突然、状況が変わった。

 10月4日、セントメリーは翌2020年3月に卒業する留学生を対象に「第1回卒業試験」を実施した。卒業試験を実施する日本語学校など珍しい。日本語学校は大学などと違い、卒業しても学位は得られない。学生は成績に関係なく、一定期間のコースを修了すれば卒業できるのだ。

「卒業試験」の目的は、留学生に「N4」があるかどうかを判定するためだったとされる。そして試験結果をもとにセントメリーは留学生たちに「成績通知書」を渡し、「60点」以下の者には卒業見込み証明書や出席・成績証明書を発行しないと言い出した。セントメリーに当時勤務していた日本語教師が、試験の経緯を証言する。

「学生たちには、直前まで実施が知らされていない試験でした。試験はN4とN2(N4よりも2段階上のレベル)の問題が半分ずつです。といっても、担当の教師が急いで問題集をコピーしただけのいい加減なものだった。

 試験の合格点は、もともと40点に設定されていました。学生にもそう伝えています。それが試験後に突然、合格ラインが60点に引き上げられた。結果、ごく一部の学生を除き、不合格となってしまったのです」

 つまり、セントメリーは必要もない「卒業試験」を実施し、当初予定していた合格点を引き上げてまで、留学生の卒業見込みを「不可」としようとしたわけだ。

 クオン君の点数は「41点」だった。本来であれば、ギリギリの合格点である。だが、合格とはみなされず、証明書を発行してもらえなくなった。結果、彼は大学への進学を諦めざるを得なかった。

対応しない入管

 留学生たちに「成績証明書」が配られたのは、卒業試験から約1カ月後の11月1日だ。以降、彼らは騒然となった。証明書がなければ、進学や就職ができないのである。元日本語教師が続ける。

「学生たちは毎日、事務所前に集まって抗議していました。でも、証明書を発行する権限のある理事長は、彼らを避け続けていた。本当にかわいそうでしたが、私たちにはどうすることもできなかった。理事長に抗議して、解雇された教師もいたのです」

 困った留学生たちは6日後の11月7日、東京出入国在留管理局宇都宮出張所を訪れた。証明書の発行について、入管に助けを求めたのだ。ベトナム人に加え、ネパール人や中国人など約20人が一緖だった。

 普通、留学生たちは入管には近寄りたがらない。「週28時間以内」を超える違法就労への後ろめたさがあるからだ。宇都宮出張所に出向いた20人のなかにも、違法就労をしていた留学生もいただろう。危険を承知で入管に駆け込むほど、彼らは切羽詰まっていたのである。

 しかし、入管の対応は信じがたいものだった。

 ベトナム人留学生によれば、担当者は彼らに対し、証明書がなくても入学できる進学先を探すよう諭したというのだ。もちろん、留学生たちは納得せず、担当者に食い下がった。すると担当者は、セントメリー側に話をしてみると答えたという。

 担当者からセントメリーへの電話はあったようだ。しかし、セントメリーが試験結果を理由に「証明書の発行はできない」と告げると、その後は何もしようとはしなかった。

 留学生たちは彼らに同情していた教師の案内で、宇都宮市内の国際交流団体も訪問した。だが、ここも助けにはならなかった。結果、留学生たちには助けを求める先を失った。

警察にも駆け込んだが

 そんななか、学校近くの交番に駆け込んだベトナム人留学生もいた。この留学生、タン君(仮名)には就職の内定が出ていた。ただし、就職のため在留資格を「留学」から「技術・人文知識・国際業務」(技人国ビザ)に変更する際、セントメリーの出席証明書などが必要となる。

 タン君の同級生には、内定があっても証明書を発行してもらえない者もいた。タン君に限っては証明書がセントメリーから直接、入管当局へと送られた。しかし入管が在留資格の変更を認めず、就職内定も取り消しとなってしまった。

 タン君は、セントメリーが出席率を低く改ざんした証明書を入管へ提出したのではないか、と考えた。彼と親しいセントメリー関係者が言う。

「タンの出席率は約80%でした。直近は就職活動で学校を休むことも増えていましたが、ビザ変更には問題ない出席率だった。それでもビザが取れなかった。出席率の問題以外には、入管が変更を拒む理由が見つからないです」

 セントメリーの側に立てば、出席率以外の問題で入管が技人国ビザの発給を拒否するケースはある。しかしタン君は、セントメリーの改ざんを疑った。証明書の発行拒否があって以降、それほど留学生たちは学校に不信感を募らせていたのだ。

 タン君は斡旋業者経由で就職を見つけていたので、業者に数十万円の手数料を払っていた可能性がある。その金も無駄になってしまった。そんな事情もあってか、タン君はセントメリーに対して憤慨し、警察へ駆け込んだようなのだ。

 事情聴取のため、警察官がセントメリーへやってきた。しかし警察の対応もそれだけだった。そしてタン君は学校を退学し、ベトナムへと帰国することになる。

「おめでとうございます! 全員合格!」

 12月に入ると、さらに不可解なことが起きた。翌年3月に卒業を控えた留学生たちのあるクラスに突然、同校の主任教師が入ってきて、こう言って留学生たちに挙手を求めた。

「セントメリーの専門学校に行きたい人?」

「セントメリーの専門学校」とは「セントメリー外語専門学校」(SIS)を指す。同じビルに入っていて、経営者も同じ系列校である。

 呆気に取られている留学生たちを無視し、主任教師は喋り続けた。

「おめでとうございます! 皆さんは全員合格です。このクラスは特別ですよ」

 クラスは「下級」で、約20人の留学生は誰もN4に合格していない。出稼ぎを目的に来日し、勉強には関心のない者が大半だったのだ。そんな留学生たちにも、SISへの進学希望者は多くなかった。セントメリー の元教師、村山健一さん(仮名)が言う。

「留学生の間では、SISは『悪い学校』『お金を取られるだけ』との評判が定着していました。その(主任教師が訪れた)クラスで、すでにSISへの入学を決めていた学生も皆、他に進学先のない留学生ばかりだったと聞いています」

 だから「おめでとうございます」という言葉を聞いても、誰も反応せず、クラスは静まり返っていた。村山さんが続ける。

「彼らの目的は出稼ぎであっても、それぞれ夢を持っていたのです。進学や就職の希望もありました。それなのに証明書がもらえず、夢が叶えられなくなった。学生たちには申し訳ない思いでいっぱいです」

 N2以上に合格した「上級クラス」の留学生に限っては、証明書が発行されていた。その大半は中国人留学生である。“真っ当な”大学へと入学できるので、セントメリーには進学実績となる。

 一方、上級クラスでもN2に合格していない者、そして下級クラスの留学生には、SISへの「内部進学」か、母国への「帰国」という選択肢しか与えられなかった。

 その後、セントメリーは「卒業試験」で不合格となった留学生たちに対し、SISの学費の「請求書」を渡している。

 そこには同校の「2020年4月内部進学予定者」と書かれてあった。初年度学費「75万円」の支払いに関し、「2019年12月20日」から「ビザ更新の1ヶ月前」まで3回の期限も記されている。やはりセントメリーは、系列校の学生を確保するため証明書の発行を拒んだのか。

 では、なぜセントメリーは、留学生たちを内部進学させようとしたのか。村山さんによれば、セントメリーの経営悪化が影響しているのだという。

「2019年7月と10月に入学を予定していたベトナム人留学生のビザが、ほとんど下りなかったのです。そのため、セントメリーは見込んでいた収入が確保できなくなった。そこで在籍する留学生を内部進学させ、経営を維持しようとしたのです」

 一般財団法人「日本語教育振興協会」によれば、セントメリーの留学生数は2019年7月時点で141人である。定員の350を大きく下回り、17年時点の261人から激減している。経営的に苦しい状況だったことが窺われる。

 141人の留学生のうち88人を占めるのがベトナム人だ。ネパール人の29人、中国人の21人を大きく引き離し、断トツで多い。そのベトナム人の新入生に対するビザが交付されなかったとすれば、さらに追い込まれていたに違いない。

理事長「入れるわけない」

 セントメリーの留学生や元日本語教師らは、証明書の発行をはじめ、学校運営の方針はすべて理事長の黒岩美沙氏が決めていたと口を揃える。その黒岩氏の肉声が録音されたデータを、筆者は複数の留学生たちから入手した。

 そのうちの1つは、ベトナム人留学生が校内で黒岩氏をつかまえ、証明書を出してくれるよう直訴した際のものだ。

留学生「どうして証明書を出してくれないのか、理由が知りたいです」

黒岩氏「何回も教えたよ。時間ないよ。忙しいから」

留学生「ボクも時間がありません。出席、成績の書類を出してもらいたいんです」

黒岩氏「何の書類ですか? 渡せないでしょ。それ、何?」

留学生「他の専門学校に合格したから」

 そう言って、ある専門学校の合格通知を留学生が見せると。黒岩氏は激昂し、訛りの強い日本語で詰責し始める。関係者によれば、黒岩氏は「中国出身」なのだという。

黒岩氏「出せないじゃなくて、あなたは、専門学校に入る資格がないの! あなた、何受かったの? N2、受かったの? N3、受かったの?」

留学生「まだです」

黒岩氏「専門学校、入れないよ」

留学生「入れる!」

黒岩氏「入れるわけないよ! N2以上じゃないと、勉強できないから」

 黒岩氏の「N2以上じゃないと、勉強できない」という主張は正しい。

 専門学校や大学の入学には「N2以上」の日本語能力が必要とみなされる。だから法務省入管当局も、海外から直接、専門学校や大学への入学を希望する外国人に対し、「N2以上」をビザ発給基準に課している。

 一方、日本国内の日本語学校を卒業した外国人に限っては、「N2」に合格していなくても専門学校や大学の判断で入学が認められる。

 留学生が合格した専門学校も、そうした学校なのである。そして黒岩氏が経営するSISも同様だ。同校への内部進学を強要しながら、他校へは「入れるわけない」と言うのは明らかにおかしい。

嘘まみれの「内部進学」勧誘

 他の音声データには、N3に合格している別のベトナム人留学生と黒岩氏が面談した際の様子が記録されている。そのデータは、2人のこんなやりとりから始まる。

黒岩氏「進学先はどうするの? 受験したの?」

留学生「国に帰る」

 留学生は自動車整備関係の専門学校への進学準備を進めていた。だが、証明書が発行されないため、「国に帰る」と嘘をついているのだ。

黒岩氏「(日本語能力試験)N3、持ってます?」

留学生「はい」

黒岩氏「N3持ってて、SIS入ればいいでしょ。SISはとてもいい学科(学校=筆者注)よ」

留学生「ベトナムで仕事……」

黒岩氏「まだ1年半よ、日本。短いよ。(中略)ほんとに帰るの? 逃げるの? オーバーステイするの? それはダメだからね」

 黒岩氏の語気が次第に荒くなる。それに対し、留学生は片言の日本語で懸命に抵抗している。

留学生「ベトナムで仕事を探します」

黒岩氏「ベトナムに仕事ないから。帰るの、本当に?」

留学生「ベトナムは発展していますから……」

黒岩氏「そうなの?(中略)あなたは頭いいから、日本で資格とった方がいいよ。(近隣にある)〇〇大学(に行っても)全く何も勉強できないから。ベトナムで大学出たの? 専門学校くらい行かないと。ベトナム、収入少ないでしょ? そんな、いっぱい稼げないでしょ? これからベトナムの留学生、(日本に)入れないから、もうちょっとがんばってもらわないとね」

 黒岩氏はベトナム人留学生に対するビザ交付率が低くなっている事実を持ち出し、

「もうちょっとがんばってもらわないと」

とSISへの内部進学を勧めている。そして、

「これから、あのう、専門学校で、技能……」

 と説明しようとしたところで言葉に詰まり、

「〇〇、ちょっと、説明して!」

 そう同席していた男性職員に話を引き継がせる。黒岩氏から呼び捨てで指名されたのは、「下級クラス」を訪れ、留学生たちにSISへの「合格」を宣言していた「主任教師」である。

 その教師は、留学生がN3に合格していることを確かめた後、早口でまくし立て始める。

「N3を持っていれば、特定技能という試験を受けられます。試験を受けて日本で就職することもできます。この専門学校(SIS)で特定技能に合格している人もいます。N3があれば、受験資格はあるから」

 政府が外国人労働者向けに昨年新設した在留資格「特定技能」の資格試験は、留学生でも受験できる。ただし、受験には「N3」という条件などない。

 だが、この留学生の希望は、他の専門学校へと進学し、自動車整備についてきちんと学ぶことなのだ。 また、専門学校に進まなくても、日本語学校の留学生でも試験は受けられる。主任教師は留学生に嘘をつき、SISへの進学を勧誘している。

 留学生が黙っていると、黒岩氏が苛立った口調でこう述べる。

「日本に来て、何する(した=筆者注)の? 来たらもう、帰国、帰国って」

 そこに教師がたたみかける。

「あの(上級)クラスにいるからって、(この留学生の日本語レベルは)他のベトナム人と一緖です。私たちは違うみたいなことやってるけど、(SISへ進学するベトナム人留学生たちと)同じだからね。専門学校に行きません、みたいなことやってるけど、同じなの。専門学校をバカにしているみたいなんだけど」

 さらに、黒岩氏が矢継ぎ早に続ける。

「全く上級じゃないよ、あなたたちは。(日本語が)できる、できる(と言っているが)、できないよ。人をバカにするんじゃないよ」

 そして席を立とうとする留学生に向かい、捨て台詞が吐かれる。

「どうぞ、もう帰っていいよ。どこも入れないんだから」

 学校幹部2人に、こんな仕打ちを受けるベトナム人留学生の身になってもらいたい。まさに拷問である。

「払えるの?」

 冒頭で紹介したクオン君も、いまだに証明書を発行してもらえていない。セントメリーは彼がベトナムへ帰国しなければ、証明書を出さないつもりなのだ。その点について、担任の教師とのやりとりが録音されている。

クオン君「どうして国、帰ったら(成績証明書や出席証明書などの)書類をもらえる?」

教師「なんで、帰ってからなのか? 先生たちは……学校でクオンさんが帰国するのを見届けるから。先生の仕事としてね。それからね」

クオン君「私が(本当にベトナムへ)戻るのか、怖い?」

 帰国前に証明書を出せば、それを手に留学生が学校から逃げ出してしまうかもしれない。そのことをクオン君は仄めかしているのだ。痛いところを突かれ、教師は苦笑いでこう答える。

教師「怖いかって? そんなことじゃないけどね。学校の方で決めているから」

クオン君「ルール?」

教師「仕方ないね」

クオン君「イヤ……」

教師「嫌だって……」

クオン君「今、セントメリー(外語)専門学校に入れる? 全部、学費を払ったら?」

 話題を変えたクオン君に対し、教師は一瞬の間を置き、こう答える。

「でも、もう入学は締め切っているからね……」

 この面談があったのは4月6日だ。新型コロナ禍の影響で新学期の開始が遅れているとはいえ、新たに学生を受け入れることなど難しいはずだった。

 しかし教師は、突如小声になって、クオン君に耳打ちする。

「(学費が)払えるの? (校長の)江面(一雄)先生に相談してみる?」

 クオン君には、SISへ進学する気など全くない。SISに入ることを拒否し、帰国する道を選んだのだ。このときの会話では、教師の反応を見ようと、学費を払えば同校へ進学できるのかどうか敢えて尋ねていた。

 それに対し、教師は学費と引き換えに入学が認められる可能性を示唆した。クオン君の罠にハマったのである。

 留学生や元日本語教師らの証言、そして一連の音声データからも、セントメリーは進学や就職に必要な証明書を発行せず、系列校への内部進学を強要している疑いが濃厚だ。

 筆者はセントメリーの経営者である黒岩氏に対し、疑問をぶつけてみることにした。(つづく)

出井康博
1965年、岡山県生れ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)を経てフリーに。著書に、本サイト連載を大幅加筆した『ルポ ニッポン絶望工場」(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)など。最新刊は『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

Foresight 2020年5月19日掲載

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