平安貴族顔「千葉雄大」と演技派「伊藤沙莉」の恋 「いいね!光源氏くん」は三密とは真逆の少数精鋭ドラマ

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 家の窓から突如、烏帽子に狩衣の男が侵入。背後から抱きすくめられて、口をふさがれて……文字にすると鳥肌絶叫モノの物騒な始まりだが、入ってきたのは妙に雅な優男。しかも悪びれずキョトン顔のイケメン。どうやら平安時代からタイムスリップで迷い込んできた様子。「いいね!光源氏くん」(NHK)である。

 その男、光源氏を演じるのは千葉雄大。うん、確かに平安貴族っぽい。ふくふくした顔はやんごとなき感たっぷり。ヨゴレ仕事も家事も身の回りのこともすべて人任せで暮らしてきた、甘さと弱さと優しさと優雅さと図々しさの権化を体現。ナイスキャスティングだね。

 さらには、令和の時代にこの素っ頓狂な迷子の平安貴族を受け入れるのが、伊藤沙莉。恐怖と不安で警察を呼ぶも、よくよく見るとイケメンで、悪意なさげな千葉。可愛い顔にうっかり胸ときめき、絆(ほだ)されちゃう。一晩泊めてあげたが運の尽き。帰るに帰れない千年のタイムスリップとわかり、しばらく居候を許すことに。

 たとえるなら、昔の映画「ブッシュマン」かな。いきなり文明の発達したところに連れてこられて、ひと騒動と思いきや、千葉は案外馴染むのが早い。歌を詠んでスマホでSNSに投稿するし、おしゃれスイーツやジャンクフードにも夢中になるし。烏帽子代わりのニット帽も似合っちゃうし。

 古典作品の人物を引っ張り込む手法は手垢がついているものの、このドラマの長所はベタベタしたラブコメではないところだ。すっとぼけた風味の千葉の表情や言動、そこに間髪入れず、容赦なくツッコミとダメ出しを喰らわせる沙莉の手腕。間合いが決め手でもある。

 登場人物少なめで、このふたりの問答に集中できるのもいい。最近のドラマ、登場人物が多すぎるからな。

 抹茶ラテにポテトチップス、チョコレートファウンテンにマヨネーズなど、現代のハイカロリー食材を気に入ってもりもり食べる千葉も可愛いし、つい与えてしまう沙莉の「フィーダー」気分もよくわかる。その結果、ぶくぶく太る千葉。キャベツだけのダイエットをさせられ、「私は野の草を食む鹿ではない!」とキレる千葉。含み綿を入れた顔は、ウッチャンのコントキャラクター・満腹太を思い出させた(ウッチャンのキャラ、私の中に意外と根付いているんだなと改めて)。

 沙莉の「女としての自信のなさ」と「切ない女心」も適温。稀代のプレイボーイと呼ばれた光源氏が、ひとつ屋根の下の自分に手を出さない理由を考えるあたり、切なくて胸が締め付けられた。容姿に対する自信が滲み出てしまう女優には到底出せない空気を、沙莉はじんわりと自然体で醸し出す。言いたいことは言うものの、内面は臆病で後ろ向きな女性をきっちり演じている。

 中将(光源氏の義兄・桐山漣)までもがタイムスリップしてきちゃって、沙莉んちはさらに大変なことに。

 沙莉んちは今流行りの密閉・密集・密接の3密だが、ドラマ自体は実に少数精鋭。個々の細かい演技にちゃんと光が当たる作品は、心穏やかに観ていられるものだ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年5月7・14日号掲載

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