コロナで廃業… 「老舗」「飲食店」が語る無念

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最も必要な対策は「家賃」「固定資産税」免除

 未曾有の疫禍が奪ったものは、患者の生命だけにとどまらない。長きにわたって人々に慕われた名店の数々も、無念のうちに廃業に追い込まれている。コロナ禍の最中に暖簾を下ろした老舗の胸中とは――。

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〈母と共に歌舞伎座へ入ると、先(ま)ず〔辨松(べんまつ)〕の五十銭の弁当を予約しておく。そのうれしさというものは少年の私にとって、まったく、

「こたえられない……」

 ものだったといえよう〉

 池波正太郎は『日曜日の万年筆』で、歌舞伎座前に本店を構える「木挽町(こびきちょう)辨松」についてこう綴っている。錚々たる役者や観劇客に愛された高級弁当販売店が、152年の歴史に幕を下ろしたのは4月20日のことだ。

「渋谷の“東横のれん街店”の閉店が決まった昨年の夏から廃業を決意していたんです。私は高齢ですし、後継者もいなかったので」

 5代目社長の猪飼信夫さんはそう明かす。

「ただ、明治元年から続く店の味と暖簾だけは残したいと考え、事業譲渡の話を進めていました。ところが、コロナの影響で3月の売り上げは7割減。5月に始まる予定だった、市川海老蔵さんの“十三代目市川團十郎白猿襲名披露”公演も延期になってしまった。うちは歌舞伎と共に歩んできた店ですから、公演がなくては商売も立ち行かない。譲渡の話も白紙に戻して廃業することにしたわけです」

 この重い決断には、松本白鸚や中村獅童といった大物役者からも惜別の声が寄せられたという。

 同じく5月末での閉館を決めたのは、東京・上野にある森鴎外ゆかりの旅館「水月ホテル鴎外荘」。女将の中村みさ子さんが語る。

「年明けから徐々に厳しさを増して、3月には宿泊や会食のお客様からのキャンセルが相次ぎました。売り上げは例年の9割減です」

予約が真っ白に

 この旅館の敷地内には築130年を超える森鴎外の旧邸が存在する。

「森鴎外が代表作『舞姫』や『うたかたの記』などを執筆したのが旧邸です。ただ、これ以上、赤字が続けばその維持費も捻出できなくなってしまう。ご愛顧頂いたお客様には申し訳ないのですが、旅館の経営以上に旧邸を守ることが私たちの使命と考えて閉館を決めました。ですから、“苦渋の決断”ではありません。いまは手遅れになる前に決断できてよかったと安堵しています」

 そんな女将の気丈な言葉を聞くと、より一層、閉館が惜しまれてならない。

 吉祥寺の井の頭公園に面した人気フレンチ「芙葉亭」も5月6日で店を閉じる。オーナーによれば、

「2月末からキャンセルの電話が鳴りやまず、恐怖を感じたほどでした。びっしり詰まっていた3月の予約は歓送迎会の季節にもかかわらず真っ白に。うちはお客様の年齢層が高く、家族連れも多かったからコロナに敏感だったのでしょう。7人の従業員には知人の店を紹介したいのですが、いまはどこも休業中で難航しています。彼らが気の毒でね……。本当に申し訳ない」

 一方、コロナの余波は1年前に開店したばかりの飲食店をも飲み込んだ。eスポーツが楽しめる、栃木県のネットカフェ「FIGHTERS」のオーナー・町田好行さんが嘆息するには、

「うちは約50坪と広い施設なので、休業中でも管理費込みの家賃が40万円、高性能パソコンの維持に10万円かかる。自粛期間が延びれば、休業に伴う協力金は何の足しにもならない。悔しいですが4月末で閉店せざるを得ませんでした」

 いつ終わるとも知れない“休業要請”を前に、一時的な補填など焼け石に水だ。

 税理士の浦野広明氏も、

「飲食店などには家賃補助などの給付を、小規模な賃貸業者には固定資産税の減免などを急ぐべきでしょう。さもないと、街から飲食店の灯が消えてしまう」

 このまま廃業ラッシュが続けば、疫禍のせいではなく“人災”という他ない。

週刊新潮 2020年5月7・14日号掲載

特集「『コロナ』光と影」より

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