なぜ「東大生」を売りにする番組がこんなに増えたのか 東大出身識者に聞いた

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

Advertisement

 TBSのクイズバラエティー「東大王」(水曜午後7時)の視聴率が好調だ。ただし、番組のファンがいる一方で、「学歴社会を煽る」などと苦々しい思いを抱く視聴者も少なくない。ほかにも東大生たちを売り物にする番組が次々と出現している。どうしてなのか?

 今、テレビ界は東大生ばかりをもてはやしている。

 とはいえ、上場企業社長の出身大学は、1位が慶應大の264人で、2位は早大の187人、東大は3位で175人だ(帝国データバンク調べ、2019年7月発表)。

 国家公務員採用総合職試験の合格者数は1位が東大の307人で2位が京大の126人、3位は早大の97人である(2019年度)。

 ノーベル賞受賞者の出身大はというと、1位が京大の8人で2位が東大の7人、3位が名古屋大の3人だ。

 書くまでもなく、社会を担っているのは東大生ばかりではない。にもかかわらず、テレビ界は東大生を特別扱い。これを危惧する人は少なくない。

「凄いのは東大生だけで、『僕らは頑張ったって仕方がない』という風潮が広まったら、この国の活力は損なわれ、イノベーションは崩壊します。この国は一部のエリートが発展させたんじゃないんです。危険な兆候である気がします」(東大文学部日本史学科卒、同大学院博士課程を単位取得満期退学した立命館大学文学部教授の山崎有恒教授)

 事実、地方大出身者の中にも上場企業社長やキャリア官僚はいるし、山梨大出身の大村智氏(84)や徳島大出身の中村修二氏(65)らノーベル賞受賞者もいる。現在の東大偏重は行きすぎてはいないか。

「そう思います。これではみんな『東大に行きたい』と思い、大学の序列化が進みます。そして上位大学に行けなかった学生たちがコンプレックスを持ってしまいます」(同・山崎教授)

 昭和期のクイズ番組とは様変わり。1977年から92年まで放送されていた超人気番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」(日本テレビ)の場合、勝利を得るためのキーワードは「知力、体力、時の運」。知力だけでは勝利を得られず、人生と同じだった。だから当時の視聴者や参加者は熱狂したのだろう。

 企画・制作したのは佐藤孝吉氏(84)で、ほかに「はじめてのおつかい」などを生み出した伝説のディレクター。佐藤氏は知識量だけで勝者が決まる旧来のクイズ番組を真っ向から否定し、ジャンケンや体力も問われるクイズを取り入れた。

 そして今、知識量を問うクイズ番組に先祖返り。となると、東大生は優位。しかも偏差値が最高ランクという希少価値があるので、テレビ局にはあれがたい存在であるらしい。

「東大王」は2017年4月にスタート。東大生たちと芸能人チームをクイズで競わせるという構成だ。番組の看板なので、出演する東大生たちはタレント顔負けの人気で、SNS上には「東大王のメンバーみんな大好きです」といった言葉が並ぶ。

 実際に大手芸能プロダクションに所属する東大生もいる(3月18日放送分で卒業)。こうなると、もう東大生なのかタレントなのか分からない。この東大生は2019年7月、女子大生との間に妊娠・中絶トラブルがあると一部週刊誌で報じられた。そんなところもタレント顔負けなのである。

 一方で、東大生をもてはやし、ブランド化する風潮を嫌悪する声も。SNSには「東大王」を、「学歴社会を生み出したいだけの印象操作番組」と辛辣に批判する意見もある。

 中高年の視聴者ほど違和感を抱くのではないか。東大生たちを前面に押し出すクイズ番組など昭和期には存在しなかった。小学校しか出ていない田中角栄元首相や、本田技研創業者の本田宗一郎氏、松下電器(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏らが崇められていた時代なので、東大ブランドを売り物にした番組を作ろうものなら、猛反発を受けたに違いない。

 どうして時代は変わったのか? 前出・山崎教授は、東大と東大生気質が変質したと指摘する。

「私が東大にいた35年前は、学内に『研究と学問の府なのだから、商業ビジネスに利用されるようなことには関わるな』という風潮があった。ところが、2004年から国立大が独立行政法人化され、大学が研究と学問だけではやっていけなくなり、理系の分野を中心に企業とのタイアップを行うようになった。大学自体がある程度、営利との関係性を深めていったので、学生がマスコミやビジネスに向かっていくことを大学が止める理由がなくなってしまったように思います」(山崎教授)

 東大生の商品化は「東大王」ばかりではない。「さんまの東大方程式」(フジテレビ、スペシャル番組)、「東大生が通販してみた」(テレビ朝日、同)など目白押し。

 NHKとて例外ではなく、2019年まで放送していた若手論客の討論番組「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」も東大出身者が多かった。最終回も3人の論客のうち2人が東大出身者だった。

 新型コロナウイルス対策で注目された鈴木直道・北海道知事(39)も論客として知られるが、「ニッポンのジレンマ」に招かれることはなかったはずだ。鈴木知事は両親の離婚によって母子家庭で育ち、高卒後に都庁に入庁。働きながら法政大の二部(夜間)に通った。企業の採用担当者より学歴に拘っているのがテレビ界の実情なのではないか。

 東大医学部医学科卒の精神科医で、国際医療福祉大学大学院特任教授の和田秀樹氏(59)は東大生番組が台頭した理由として、東大生のイメージの変貌を挙げる。

「僕たちの学生時代は東大生というだけで、ろくな言われ方をしなかった。『イモ』だとか『ダサイ』とか。確かに当時はジーパンに革靴を履いている学生もいましたからね。東大生と言うだけで女子からも引かれた。ところが、『東大王』を見たところ、今の東大生は昔とは違い、ダサくなんてない。その上、今はイケメン系やスポーツ系より、東大生のほうがモテる傾向があるように思います」(和田教授)

 ダサイと言われがちだった東大生が洗練された上、世の中が頭の良い若者を格好良いと思うようになったので、東大生番組が注目を集めていると和田教授は見る。

「なぜ、賢い人が格好いいと思われ始めたかというと、昔と比べて頭の良い人が減っているから。ゆとり教育の影響もありますが、本を読まなくなったし、新聞にすら目を通さない人が増えた」(同・和田教授)

 また、和田教授は東大生が学校名を利用する時代になったと指摘する。

「僕らのころは例え大学名を聞かれたって、『渋谷(駒場キャンパス)のほうの大学』といった答え方くらいしかしませんでした。今は東大という名前を利用しないと損という風潮になっている。昔も東大の名前を利用する人はいたものの、それは官僚になったり、良い会社に入ったりするためという場合が多かった」」(同・和田教授)

 東大生を売り物にしてテレビに出る学生も考えられなかったわけだが、和田教授は「東大王」のプラス効果も期待している。

「子供たちがスポーツ選手やお笑いタレントに魅力を感じるばかりでなく、頭の良い人にも憧れないと、日本の学力低下が止まりません。東大生が脚光を浴び、学歴低下に歯止めがかかれば、悪いことではないと思う」(同・和田教授)

 ちなみに東大生側はテレビ界を冷静に見ている。3月3日に更新分の「東大新聞オンライン」に載った「バラエティー番組の中の東大生 現役学生の視点から」という記事には、こんな考察がある。

「東大関係者でない一般の人たちは『東大生は勉強ができる』というイメージを抱いており、番組制作者はその具体例を示したり理由付けをしたりすることで視聴者の関心を引いていると考えられる」

 能力も個性も人それぞれ。在籍大、出身大で測りきれるものではない。それは民放キー局5社の社長もよく分かっているはずではないか? 

 ちなみに民放キー局の社長に東大出身者はいない。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月4日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。