再審無罪確定の西山美香さん 大西裁判長の「説諭」と「判決文」に涙が出た

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「最近は裁判官が判決朗読の後、余計なお喋りをする」と批判する向きもある。少なくともこの日に限っていえば、そんな声は雑音でしかない。

 結論はわかっていた再審裁判だが、この日のハイライトは「説諭」と呼ばれる裁判官の「被告人」への語りかけだった。

 3月31日の大津地裁。24歳の時に殺人罪で逮捕されてから16年目の元看護助手・西山美香さん(40)に対し、大西裁判長は冒頭、「主文、被告人は無罪。もう一度言います。西山さんは無罪」と名前で呼びかけ無罪を言い渡し、1時間半近い判決文朗読を終えた正午前のことだ。嘘の供述をしたことを後悔し気に病んでいるかもしれませんが、問われるべきは捜査手続きの在り方です。(中略)嘘偽りのない西山さんを多くの人が支えてくれた。もう嘘をつく必要はありません。等身大の自分と向き合い自分を大切にしてください。今日がその第一歩です」など10分以上も温かい言葉をかけた。大西裁判長本人も涙顔だった。

 西山美香さんはもちろん、傍聴席最前列で見守った母令子さん(69)はずっと泣いていた。「裁判長、ありがとうございました」を繰り返し、夫輝男さん(78)に車椅子を押されて退廷した。

 新型コロナウイルス問題で傍聴席は二席ずつ空けることになり、一般傍聴券が15枚しかなかった中、筆者は奇跡的に高倍率の抽選を当て、法廷では最前列に座った。証言席に来るまで弁護団席に座っていたマスク姿の美香さんと目で挨拶した。緊張し切っていたはずの彼女が挨拶を返してくれた。

 筆者の真後ろで傍聴した「布川事件」の櫻井昌司さんは閉廷後、「俺の時(再審判決・水戸地裁)はあんな言葉なんもなかったよ」と羨ましそうに話した。

 西山さんは03年5月に湖東記念病院(滋賀県東近江市)で72歳の男性患者を呼吸器のチューブを外して殺した、とされ12年間服役、2017年8月に満期出所した。獄中から「私は殺していません」と無実を訴え続けていた。この日の判決は「自然死の可能性が高い。事件性すら証明されていない」と断じた。

 西山美香さんは、当時、「呼吸器が外れたことを知らせるアラームが鳴ったのに放置した」として業務上過失致死容疑で厳しく調べられていた同僚の正看護師を「シングルマザーだから逮捕されたら大変」と守ろうとして突然、「自分が呼吸器のチューブを外した」と虚偽自白した。「鳴ってたはずや」という厳しい傍証としての聴取に「鳴った」と嘘を言ってしまったことで、正看護師がノイローゼになったことを苦にしていた。突飛すぎる自白の背景には「飴と鞭」とも知らず「優しい男性だ」と恋してしまった取り調べ刑事(山本誠)の気を引きたかったこともあるが、軽度の知的障害でそんなことを言ったらどうなるのかわからなかった。

 大西裁判長は「恋心を利用した刑事の誘導」などと捜査を断罪、自白の信用性どころか任意性も完全否定した。

 待ちわびる支援者の前に出てきた西山美香さんは「ああいう言葉を聴けると思わなかった。嬉しかった」と、ふたたび涙を流した。そして和歌山刑務所で一緒だった、東住吉区の放火殺人の冤罪被害者の青木恵子さんに「獄友でした」とからかわれて花束を渡される頃から笑顔になった。刑務所で青木さんに強く励まされたことも西山さんを支えた。

 記者会見では「裁判長が被告人ではなく西山さんと言ってくれて嬉しかった」「もう、湖東記念病院の西山さんと言われないで済む。はやく平凡な普通の生活に戻りたい」などと話した西山さんは潔白を示すため白い服を着ていた。青木さんも白いドレス。西山さんは「青木さんの(服の)方が高いんです」などと笑わせる余裕も見せた。

 山本誠刑事は女性警官を取調室に入れずに西山さんと二人きりになって好き勝手な調書を作り、滋賀県警は西山さんの恋愛感情を組織としても利用した。

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