【新型コロナ】死亡者数が少ない日本 世界で唯一の「クラスター潰し」が奏功か?

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 日本の新型コロナウイルス対策については、「PCR検査の数が制限されていることから本当の感染者数が把握できていない」との批判が根強くある一方で、人口10万人当たりの死亡者数が世界的に見て非常に低いという興味深い事実が明らかになっている。

 4月2日現在、イタリアの人口10万人当たりの死亡者数が22人、スペインが23人、米国が1・5人、韓国が0・4人であるのに対し、日本は0・05人である。

 その理由についてはいまだ明らかになっていないが、その鍵は日本の戦略にあるのではないかと筆者は考えている。

 日本の戦略を一言で言えば、「クラスター潰し」という、日本が世界で唯一採用している取り組みである。新型コロナウイルスの感染連鎖が起きている可能性がある集団に注目し、限りある検査キットを集中して投入して、市中感染となりうる芽を未然に摘み取ろうというものである。

 政府は2月25日に新型コロナウイルス対策本部にクラスター対策班を設置し、感染症の専門家ら約30人を配置したが、これを率いるのは押谷仁東北大学教授と西浦博北海道大学教授である。

 押谷氏は、WHOへ出向中にSARS封じ込めの最前線で陣頭指揮を執るという経験を有する日本の感染症封じ込め対策立案の第1人者である。その押谷氏が採用した基本方針が「社会・経済機能への影響を最小限にしながら、感染拡大の抑制効果を最大限にする」ことであり、対策の最大の目標は「発生の端緒を捉え早期に対策を講じることで、感染拡大の速度を抑制し、可能な限り重症者の発生と死亡者数を減らす」ことである。

 具体的には、医師の届出等から集団発生を早期に把握し、積極的な疫学調査を実施し感染源等を特定することで、都道府県と連携しながら感染拡大防止対策(外出や大規模イベントの自粛要請など)をピンポイントで実施していくというものである。

 この対策を支えるのは、疫学解析や数理モデル解析を用いて地域の流行状況をリアルタイムで把握する作業を取り仕切る西浦氏である。西浦氏の専門は「感染症数理モデルを利用した流行データの分析」であり、この分野で世界トップレベルの能力を有することは専門家の間で周知の事実である。

 押谷・西浦両氏を始めとするクラスター対策班のおかげで、日本はクラスターが次のクラスターを生み出す連鎖を断ち切り、メガクラスター(非常に大規模なクラスター)の発生を食い止めることに概ね成功している。日本が得意としている職人気質が新型コロナウイルス対策でも発揮されているのである。

 韓国の「検査のローラー作戦」を評価する向きが多いが、冒頭に挙げた人口10万人当たりの死者数を見れば、日本の対策の方が功を奏していると言っても過言ではない。

「成功」3つの理由

 押谷氏は成功の理由として(1)日本の医療アクセスの良さと医療レベルの高さ(2)関係機関間の連携が良好であること(3)クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)などから早期の段階で多くの知見が得られたこと(下船者からのクラスター発生は完全抑止された)などを挙げているが、「今後の状況は楽観視できない」と危機感を露わにしている。押谷氏が強調するのは「行動変容」である。日本に住むすべての人がこの問題を真摯に考え、それぞれの行動を見直してもらうことである。

 西浦氏も「海外で流行が増大している現在の状況はこれまでの2カ月半よりも厳しい状態にあり、今後大規模流行が起こるリスクが高いことを危惧する」とした上で「今、頑張って皆で行動を変えることができれば切り抜けられる可能性が高いので、皆さんの力が必要です。お願いします。助けてください」と訴えている。

 クラスター対策班のおかげで日本は日常生活に対する極端な規制が導入されてこなかったが、今後もこれが維持される保障はないのである。

 3月末からクラスター対策班は「夜間を中心に営業する接客業や飲食店等で感染が広がっている可能性が高い」と懸念視していることから、いわゆる歓楽街をターゲットにした封じ込め策が喫緊の課題となっているが、これを実効あるものにするためには、「自粛したくても店を開かざるを得ない」経営者に対して休業補償(テナント料などの固定費に対する補助など)を行うことではないだろうか。

 日本でも緊急経済対策が議論されているが、欧州とは異なり、休業補償制度を導入しようとする動きは見られない。ドイツでは既に中小企業に対する支援金給付の手続きが始まっている。中小企業は面倒な審査なしにまずは1回限りの5000ユーロ(約65万円)の援助が受けられる。返済なしというから、経営に窮する中小企業にとってつなぎの資金として大変ありがたいことだろう。

 小池東京都知事は休業補償を含め霞ヶ関からの多額の財政支援を期待しているようだが、このような緊急事態においては、東京都が自ら率先して「休業補償付き歓楽街封じ込め」策を実施したらどうだろうか。このパッケージは強制力のない緊急事態宣言発令よりも実効性が高く、東京都が小さくても「始めの一歩」を踏み出せば、自民党内の空気を一変させることができると筆者は考えている。

 押谷氏は併せて「対策班の人員の早急な拡充を始め現場の体制強化」を強く要望しているが、今後もクラスター潰しを有効にするためには、日本全体で彼らをバックアップすることが何より重要である。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

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