今年の防衛大学校卒業生で自衛隊を去るのは35名、彼らを「任官拒否」と呼ぶ違和感

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 今日3月22日、防衛大学校の卒業式が行われた。例年は総理大臣以下、大勢の来賓が出席する盛大な式だが、今年は新型コロナウイルスの影響で、来賓の人数も大幅に縮小され、父兄も不参加。ややさみしい式典となってしまった代わりに、50年前に同校を卒業したOB、福山隆・元陸将(72)が後輩たちにエールを送る——―。

石をもて追はるるごとく

 防大卒業生の一部には、陸・海・空自衛隊の幹部候補生学校には行かず(任官せず)、民間の企業などに転進する者がいる。今年は437名の本科卒業生中、35名(留学生除く)が自衛隊を去る。これらの若者たちを、新聞やテレビは長きにわたって「任官拒否者」と呼び続けてきた。近年は「任官辞退者」とする例も増えているものの、一部の主要紙は未だに「任官拒否者」と表記している。筆者はこの呼び方に違和感を覚える。

 1905年、岩手県渋民村(現在の盛岡市渋民)で代用教員をしていた石川啄木は、寺の住職だった父が宗費滞納事件を起こしたことがきっかけとなり、故郷を離れた。その時の心境を次のように歌った。

 石をもて追はるるごとく
 ふるさとを出でしかなしみ
 消ゆる時なし

 防大と同時に自衛隊を“卒業”した若者たちは、4年間の忍苦の果てに迎えた晴れの門出に「任官拒否者」というネガティブな言葉を浴びせられたことを、「石をもて追はるる」思いで受け止めているに違いない。

「任官拒否者」という言葉は「国費を使って教育を受けたのにその義務を果たさない」という批判から生まれたのだろう。ちなみに、最近の例では、2017年が380名中32名、18年が474名中38名、19年が478名中49名と、約1割が任官していない。

 だが、4年の間に「自分は幹部自衛官に適していない」と気づく者が1割程度いてもおかしくない。そもそも多くの場合、防大受験を勧誘する際、自衛隊のリクルーターは高校生に対して「防大に入っても、必ずしも自衛隊に入る必要はない」と説明しているのだ。

 筆者もそうだったが、今も昔も貧しい家庭は存在し、「親に迷惑をかけまい」と学費無償の防大を受験する高校生は意外に多いのだ。そうして様々な動機で入校したものの、入校後に「こんなはずではなかった」と煩悶し退学する学生も少なくない。そうでない学生も、卒業が近付くと「(自衛隊に)行くか、辞めるか」と、自分の将来について真剣に思考するものだ。

 欧米では、身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという基本的な道徳観(ノーブレスオブリージュ)がある。戦後、日本ではこの観念が失われ、家族・故郷・国家を守るために身を挺して立ち上がるという気概も低調だ。国防は「他人事」だと考える風潮が続いている。そんな中で、「任官拒否者」と言われる若者たちは、防大を受験・入校し4年間の厳しい鍛錬に耐えたのだ。それだけでも「あっぱれ」と言うべきではないか。

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