バイデン氏「女性副大統領候補」の「要件」

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【ワシントン発】 米国内でも新型コロナウイルス感染が急増し、一連のメディア報道に米国民の関心が集まる中、3月15日、会場に聴衆を入れずに、アリゾナ州フェニックスで民主党大統領候補テレビ討論会が開催された。

 討論は、同党の大統領候補指名獲得を争って残っている2人、ジョー・バイデン前副大統領とバーニー・サンダース上院議員(無所属、バーモント州選出)の間で行われた。

浮上してきた4人の女性

 討論会で最も大きな注目を浴びたのが、バイデン氏が、自らが候補指名を獲得した場合、大統領本選挙でともにホワイトハウス奪還に向けて戦う副大統領候補に女性を指名する意向を明確にした点である。

 そして意向表明後、副大統領候補に指名される可能性のある複数の女性政治家の名前が憶測され始めている。

 その結果、11月3日に投票が行われる大統領選挙で、バイデン氏がドナルド・トランプ大統領の再選を阻止して勝利した場合、バイデン氏自身も在職していた副大統領という要職の候補を指名する点で、バイデン氏がどのような資質を重視するのかが焦点となりつつある。

 バイデン氏の選択は、自らを補完する若さなのか、自らに万が一の事態が発生した場合の経験なのか、「接戦州」を奪還するための地域重視なのか、あるいは、民主党支持者の多様性を反映した人種を重視するのか、などが問われることとなる。

 また、バイデン氏が大統領に就任した場合、米国史上最高齢となる78歳での就任となるため、自身も示唆しているように1期限りの大統領となる可能性が高く、副大統領が大統領に昇格したり、あるいは次回2024年大統領選挙での後継者になる可能性が高い。

 現時点で名前が浮上している女性政治家は、バイデン氏とともに候補指名獲得争いに出馬し、その後撤退を強いられた3人、エリザベス・ウォレン上院議員(マサチューセッツ州選出)、カマラ・ハリス上院議員(カリフォルニア州選出)、エイミー・クロブチャー上院議員(ミネソタ州選出)の3人である。

 また、2018年中間選挙においてジョージア州知事選挙で民主党候補として共和党候補のブライアン・ケンプ氏(現知事)を瀬戸際まで追い込んだアフリカ系の若手政治家ステイシー・エイブラムス氏の名前も浮上してきている。

 こうした4人の女性の長所と短所について検討したい。

ウォレン氏の場合

 党内左派のウォレン氏は、2019年秋の時点では、民主党大統領候補指名を獲得する可能性が最も高いと見られていた政治家である。

 だが、党内リベラル派勢力は急進左派のサンダース氏に収斂することとなり、3月3日に14州で一斉に予備選挙が行われた「スーパーチューズデー」後にウォレン氏は撤退を強いられた。撤退時の演説では、バイデン、サンダース両氏のいずれにも支持を表明しなかった。

 民主党の左傾化が進展する中でバイデン氏が党内左派勢力の支持を取り込む点で、左派のウォレン氏を副大統領候補に指名することはある意味で合理的選択である。

 だが、現在77歳であるバイデン氏が70歳のウォレン氏を副大統領候補に指名した場合、自らが民主党の次世代の指導書との「架け橋(a bridge)」になるとのバイデン氏の訴えには見合わない指名となる。

 民主党大統領候補指名獲得争いの中で若年層は圧倒的にサンダース支持となったが、70歳を超える正副大統領候補となった場合、若年層を活性化させ、投票所に足を向かわせることができるかも不透明である。

ハリス氏の場合

 ウォレン氏とは異なり、民主党大統領候補指名獲得争いからの撤退後にバイデン支持を表明したのが、ハリス氏である。

 同氏が、ジャマイカ出身の父親とインド出身の母親を持っている点で、副大統領候補に指名すべきとの議論が浮上している(2019年5月27日『民主党「カマラ・ハリス」上院議員「優位論」の背景』)。

 バイデン氏は、米国史上初のアフリカ系大統領であったバラク・オバマ氏の副大統領として2期8年間支えてきたこともあり、民主党の中核的支持基盤であるアフリカ系有権者の間で圧倒的支持を誇っている。だからこそ、「序盤州」で大苦戦したバイデン氏が劇的なカムバックを果たしたのは、有権者が約6割を占める南部サウスカロライナ州予備選挙での初勝利であった。

 ウォレン氏が70歳という比較的高齢であるのに対し、ハリス氏は現在55歳と若く、バイデン氏との年齢面や人種的多様性の面でバランスを図る点でも、魅力的選択に映る。

 その一方、ハリス氏はカリフォルニア州の州検察官等を経験した立場でアフリカ系の若者に対して厳しい姿勢を示しており、そうした過去が問われる可能性もある。

 また、ハリス氏は圧倒的に民主党支持が強固であるカリフォルニア州選出であり、そうした州選出のハリス氏を副大統領候補に指名することは、バイデン氏が大統領就任に必要な大統領選挙人を獲得するうえで果たして得策であるのかとの議論が浮上する可能性がある。

クロブチャー氏の場合

 穏健中道派のクロブチャー氏については、サウスカロライナ州予備選挙での敗北後にバイデン支持を表明し、バイデン氏は「スーパーチューズデー」で、クロブチャー氏の選出州である中西部ミネソタ州を含む10州で勝利を収め、候補指名獲得に向けて大きく踏み出した経緯がある。

 クロブチャー氏の名前は、ホワイトハウス奪還という戦略上の重要性から副大統領候補として浮上してきている。

 クロブチャー氏は2018年中間選挙で3選を果たしたが、3度の選挙でいずれも20ポイント以上の大差で勝利を重ねてきた(2019年2月18日『民主党大統領候補「クロブチャー上院議員」の「挑戦」』)。

 2016年大統領選挙で、トランプ氏は共和党大統領候補としてはペンシルベニア州とミシガン州で1988年以来28年ぶり、またウィスコンシン州では1984年以来32年ぶりに勝利を収めて次期大統領当選を決めた。この中西部3州での合計約7万8000票差で、トランプ氏はホワイトハウスの座を射止めている。

 実は、2016年大統領選挙では、ミネソタ州でもトランプ氏は民主党大統領候補であったヒラリー・クリントン元国務長官に得票率1.5ポイント差まで迫り、大接戦を演じた。

 こうした大統領選挙の帰趨を決することが確実視されている中西部4州の「接戦州」でバイデン氏が勝利するためにも、クロブチャー氏は非常に魅力的な選択肢となる。

 また、クロブチャー氏は共和党議員との超党派での取り組みを重視してきた実績があり、そうした姿勢はバイデン氏が目指す方向性と共通するとともに、トランプ大統領に対して不満を抱いている共和党系有権者に対する強いアピールとなりうる。

 他方、政治的立場では、クロブチャー氏はバイデン氏同様に穏健中道派であり、党内リベラル派に対して十分な訴えができるかとの点で、2016年大統領選挙での民主党副大統領候補であったティム・ケイン上院議員(バージニア州選出)と類似したような存在となることが懸念される。

エイブラムス氏の場合

 前述した3人の上院議員の他に副大統領候補として取り沙汰されているのは、46歳の注目の若手政治家であるエイブラムス氏である。

 近年、ジョージア州はアトランタ市周辺に高所得かつ高学歴の有権者が増大しており、同州は共和党の支持が強固であった「レッド・ステート」から共和、民主両党の支持が伯仲しつつある「パープル・ステート」へと大きく変貌しつつある。

 アフリカ系女性であるエイブラムス氏を副大統領に指名することで、アフリカ系有権者をさらに熱狂させることで、バイデン氏は、「深南部(ディープ・サウス)」の1つであるジョージア州を民主党候補として1992年大統領選挙でのビル・クリントン・アーカンソー州知事(当時)以来28年ぶりに奪還できる可能性も浮上する。

 さらに、大統領選挙と同時にジョージア州では2つの上院議員選挙も実施されるため、議席奪還の可能性も出てくることになる。

 白人高齢者であるバイデン氏とは最も対極に位置する副大統領候補として、非常に大きな注目を浴びることになるであろう。

 だが、ウォレン、ハリス、クロブチャーといった3人の上院議員と比較すると、経験という観点からは見劣りすることになり、実際にエイブラムス氏が副大統領候補に指名された場合、バイデン氏に万が一の事態が生じた場合、彼女の経験不足に焦点が当てられる可能性がある。

「ジェンダー」の壁

 もちろん、今後バイデン氏が前述4人以外の女性政治家を副大統領候補に指名する可能性もある。

 第2次世界大戦後、二大政党がそれぞれ、副大統領候補に女性を指名して大統領本選挙に挑んだことが2度ある。

 1度目は、1984年、民主党のウォルター・モンデール前副大統領(当時)の副大統領候補であったジェラルディン・フェラーロ下院議員(ニューヨーク州第9区選出、当時)で、2度目は2008年、共和党のジョン・マケイン上院議員(当時)の副大統領候補であったアラスカ州のサラ・ペイリン州知事(当時)である。

 だが、いずれの挑戦も跳ね返された。

 そして前回の2016年は、民主党大統領候補としてクリントン元国務長官が挑戦したが、米国史上初の女性大統領は誕生しなかった。

 バイデン氏がいずれの女性政治家を副大統領候補に指名し、どのような大統領選挙キャンペーンを展開して「ジェンダー」の壁を突き崩せるのかが注目される。

足立正彦
米州住友商事ワシントン事務所 シニアアナリスト。1965年生まれ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より、住友商事グローバルリサーチにて、シニアアナリストとして米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当し、17年10月から現職。

Foresight 2020年3月19日掲載

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