ヨーロッパの人口の3割が犠牲になったことも──「疫病の流行」を人類はどう乗り越えてきたのか

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出口治明さんに聞く――「世界的ウイルス禍はグローバリズムの副産物」

 肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの脅威はとどまるところを知らないが、「感染者数を少なく見せたい厚労省は検査に消極的だ」「専門家たちは政権に忖度しているのではないか」といった流言飛語が飛び交い、健康だけではなく、人の心まで蝕みはじめている。こうした疫病禍を人類はこれまでどう乗り越えてきたのか。立命館アジア太平洋大学(APU)の学長で、『全世界史』などの著書のある出口治明さんに話を聞いた。5月15日配信の電子雑誌「yom yom」掲載インタビューから抜粋する。

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人類史上最大の悲惨なパンデミック

 新型コロナウイルスの影響でアルベール・カミュの『ペスト』がよく読まれているそうですね。ペストといえば14世紀の爆発的流行が有名です。1330年代にまず中央アジアで発生し、大元ウルスやインドを襲いました。当時のユーラシアにはモンゴル帝国が君臨していたのですが、14世紀初頭は大元ウルスと対立していたカイドゥが敗死して、中央アジアの争乱(カイドゥの乱)が収まり、東西の往来が活発さを取り戻していた時でした。活発な人の往来に伴ってペストが西進し、ヨーロッパに広がっていきました。ヨーロッパでは人口の3割以上が死に、人口は18世紀まで回復しませんでした。

 ペストを運んだのは、ほかならぬ人間だったわけです。当時の世界は、きわめてグローバルだったので、ペルシャ人もアラブ人もヨーロッパ人もモンゴル人も、みな草原の道や海の道をきわめて自由に東西を行き来していました。

 ユーラシアという、人々が広く行き交う大陸で、ペストをはじめとするさまざまな病原菌が混じり合うことになりました。そして結果としてペスト禍の大波が去ったあとに生き残ることができた人々は、ユーラシア共通の強力な抗体を持つようになりました。その人々が今度は1492年にアメリカ大陸に上陸し、ユーラシアの病原菌に対して抗体を持たない新大陸の人々に出会い、おそらく人類史上最大の悲惨なパンデミックが起きました。新大陸の人々は、ほとんど死に絶えたのです。グローバリズムが進めば、病原菌やウイルスもまた、グローバルに移動することになるのです。ですから世界的な疫病の流行は、グローバリズムの副産物なのです。

 立命館アジア太平洋大学(APU)は、教員と学生の約半分が外国籍というグローバルな環境にあり、さらに日本人学生の約9割がキャンパスのある大分県外から来ているという状況にありますが、2月20日に卒業式の中止を決めました。かなりはやい決断だったかもしれません。今年卒業する学生は熊本地震の年の入学で、不安な中で学生生活が始まった学生ですから、晴れやかに送り出してやれなかったのは本当に残念で、それこそ断腸の思いでした。しかし、国内外の感染状況が今後好転するかどうか見通しが不透明な中、日本各地や海外からやってくる親御さんたちがホテルや航空券を手配してしまう前に、はやく決断した方がいいと考えたのです。中止を決めるにあたっては医療の専門家の意見を聞きましたが、それに反して卒業式を行う材料を、ぼくは持ち合わせていませんでした。ですから、あとは「決める」ことだけが学長であるぼくに残された仕事でした。リーダーには「決める」こと以外に、大した仕事なんてないんですよ。

 こういう時こそ、専門家が吟味したファクトに基づいてロジカルに考えないといけないと思うのです。東日本大震災の時のことを思い出して下さい。不確実な情報に世間が振り回されるなか、物理学者の早野龍五さんが淡々とファクトを発信し続けて、それで心が穏やかになった人がたくさんいたでしょう。僕もそうでした。ぜひ早野さんと糸井重里さんの対談集『知ろうとすること。』を読んでみてください。この本でお二人は次のように語っています。

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糸井 正しい方を選ぶ、っていうときに考え方の軸になるのは、やはり科学的な知識だと思うんですよ。ところが、放射能に関しては、怖がってる人たちに正しい知識がどうも伝わっていない。もちろん全員が深く勉強するべきだとは思ってません。誰かの判断を信用して後ろに並ぶ、っていうのも確かな判断のひとつだと思います。いろんな意見や考え方があるのも当然だと思う。

早野 そうですね。

糸井 とくに、東日本大震災の直後は、さまざまな意見、さまざまな判断が錯綜(さくそう)してましたよね。だから、ぼくはそのときに「すべての判断は正しい」って一旦(いったん)決めたんです。いまもそれは思ってます。だけど、こうして3年以上が経(た)ったいま、「最低限、知っておいたほうがいいんじゃないか?」ってことはあると思うんですよ。

早野 それは、そうです。ぼくもいろんな方と話していて、「ここだけはわかってほしいのに」って、伝わらないもどかしさを感じることがよくあります。

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「専門家のいうことなど信じられない」という人が時々いますが、専門家や学者は、おかしなことをいうと世界中の同僚から一生批判され続けます。そういう人のいうことは、やっぱり信じていいと思うのです。

 ぼくは大学のスタッフのみなさんには、大量の情報に振り回されないように注意して、あとは美味しいご飯をたくさん食べて、ぐっすり眠って元気に過ごしてくださいとお願いしています。14世紀に多くの人々がペストで命を落としたのは、地球が寒冷化に向かったことで農業の生産性が落ち、人々の抵抗力が落ち始めていた時代でもあったのです。専門家のいうことに耳を傾けて、美味しいご飯を食べて、ぐっすり眠って体力を維持して、病気に備える。これが一番大切なことだと思います。(2020年3月13日)

デイリー新潮編集部

2020年3月19日掲載

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