張り込み、ガサ入れ…etc。過酷な薬物捜査の現場では、実は働き方改革が進んでいた

国内 社会 2020年2月14日掲載

  • ブックマーク

 第1子が生まれ、めでたく育休を開始した小泉進次郎環境大臣の動向が注目を集めている。男性閣僚の育休取得は史上初めてのことだ。国会議員が率先して育休を取得することで、一般企業に勤めるサラリーマンも育休を申請しやすい雰囲気につながるかもしれない。

 ますます進む働き方改革の流れに、企業側も変革が求められているが、対応が追いついていないことも多いのではないだろうか。

 しかし、とある過酷な職場で、率先して働き方改革が進められていたことをご存じだろうか。その仕事とは、被疑者の捜索から、ガサ入れ、潜入捜査まで行う麻薬取締官、通称「マトリ」だ。

 2018年3月までマトリのトップ、関東甲信越厚生局麻薬取締部部長を務め、その全貌を明かす『マトリ 厚労省麻薬取締官』を刊行した瀬戸晴海氏に聞いた。

 ***

麻薬取締官は警察官ではない

 そもそも、マトリはどんな存在か。マトリは、特別司法警察職員として、捜査の必要に応じ拳銃・特殊警棒等の小型武器の携帯を認められているように、薬物捜査の最前線に立ち危険な任務を請け負う組織だ。だが、実はマトリが所属しているのは警察庁ではない。働き方改革を推進する「厚生労働省」である。

「正式名称は『厚生労働省地方厚生局麻薬取締部』、麻薬等薬物の取締りに特化した組織です。なぜ犯罪現場で捜査を行う部隊にもかかわらず、『厚生労働省』に所属しているのか。その理由は、マトリの前身となる『麻薬統制官』が、麻薬が合法的に医療活動で使用されることを理由に、旧厚生省に設置されたことにあります」

 マトリの任務は大きく二つ。(1)薬物犯罪を取り締まる、“捜査官としての任務”。(2)医療用麻薬や向精神薬(睡眠薬・精神安定剤等)の監視・指導する“行政官としての任務”だ。

 厚生労働省の行政は「ゆりかごから墓場まで」と言われるように、国民生活と密接に結びついている。その行政の一分野が医療であり、麻薬類はがんの疼痛(とうつう)緩和や麻酔など、医薬品として幅広く使用されている。麻薬は、医療にとって欠くべからざる存在なのである。麻薬取締部は、医療用麻薬であれ、密造麻薬であれ、その流通を監視し、そこから発生する多様な問題に対処する「専門家」として、厚生労働省に設置されているのだ。

激務の麻薬取締官に「働き方改革」

 瀬戸氏は麻薬取締部部長に就任した当時のことをこう振り返る。

「昔から離職率が高い職場でした。すぐに辞めるのもいました。多いのは入省から3カ月~1年ですね。なぜ辞めるかと分析してみると、やはり、昔から任務一筋で余裕がなかった。私が現場の時は、1年で360日働いて、残りの5日は入院した年もありました。とても家庭とのバランスなんてとれません」

 よりよい国民生活のために、よりよい労働環境を作ろうと、働き方改革を推進する「厚生労働省」の中にブラック職場があってはならない。瀬戸氏は総務・人事部門も担当し、率先してマトリの働き方改革に取り組んだ。

「人材が頼りのマトリがこのままではまずいじゃないかと。どんどん職場環境を改善していきました。…といっても決して特別なことをしたわけではありません。働きやすい環境のために、当たり前のことをきっちりしただけです。まずはとにかく休みをちゃんと取らせるようにしました。有休も、振替休日もしっかり取らせる。時に10日から2週間でも思い切って休めと、上司から、総務から、意識を変えるように繰り返し伝えました。そして、管理職にも率先して休みを取るように指示しました。そうしないと、部下が取りにくいですから。こうした取り組みの結果、執務環境が改善され、職員の有休取得率もあがりました」

女性取締官がより活躍できる場づくりを

 マトリでは近年、女性取締官も増加しており、全体の約2割を占めている。最前線の捜査現場で活躍するのはもちろん、すでに女性捜査幹部まで誕生しており、ますます期待は高まるばかりだ。

「事件の状況により、張り込みや尾行、時にはさらに危険を伴う捜査を女性取締官に実行してもらうこともあります。中にはものすごく優秀なのがいるんです。しなやかで、絶対に尾行を成功させる。本当に、どうやっているのかと思うほどの見事な捜査官です。あれは不思議ですね。鍛えて云々というものじゃないんですよ。

 女性取締官は、組織の捜査能力を向上させるのに欠かせない存在なんです。そして、性別を問わず、優秀な人材は管理職として登用します。そこで、仕事と家庭のバランスを取れるような仕組みづくりにも取り組みました。細かな点では不満があったことと思いますが、結婚したり、子どもが生まれたりしても、働きやすい環境を目指したのです。男性にもどんどん育休を取らせました」

 瀬戸氏が取締官のワークライフバランスを気にかける理由はほかにもある。

「張り込みや尾行など、人の五感に頼らなければならない場面もあります。現場によっては、目に見えない『臭い』や『音』を感じる必要がある。そのときに余裕がなければ致命的なミスに繋がります。成果を得るためにも働き方を変えました。そして、いくらネット犯罪が巧妙化しても人がブツを出して、人が受け取って、人がやるんです。捕まえるのも人、捕まるのも人です。だから、大切にする。マトリが守るべき人は、財産ですから」

 薬物犯罪の撲滅を実現するためにも、マトリはますます人を大切に、働き方改革を進めていく。

デイリー新潮編集部