ゴーンに人生を狂わされた元社員たち 経営手腕などなかった“虚飾のカリスマ”

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 日本脱出を果たしたカルロス・ゴーン(65)が、12歳下の妻キャロルと共に、赤ワインで“祝杯”……。フランスメディアが、大晦日に撮影したとされるゴーンの夕食会の写真を公開した。

「レバノンでゆったりワインを飲んでいるのを見て、信じられない思いでいっぱい」

 と渋面を作るのは坂ノ下征稔さん(76)。日産元社員で、全日本金属情報機器労働組合の日産自動車支部執行委員長を務めた人物だ。

「1999年にゴーンが発表した『日産リバイバルプラン』で多くの労働者がつらい思いをしました。五つの工場が閉鎖され2万人もの労働者がリストラされたのです。関連部品メーカーでも多くの方が職を失いました」

 坂ノ下さんが35年以上働いた村山工場でも3千人のうち千人が退職。ほかは神奈川の追浜(おっぱま)や座間、栃木などに転勤となった。

「みんな生活が激変しました。退職者は解雇でなく退職金が出た。50歳前後で最大2千万円の退職金に割増分もつきましたが、税金をべらぼうに取られて後悔する人が多くいた。転勤者は通勤に片道2時間以上とられるようになり、家族との時間が消えた。単身赴任者も大変な二重生活を強いられました。その一方でゴーンは巨額の金を懐に入れ、妻に会いたいからと逃走した。お前さんの苦しみとリストラされた者の苦しみ、どっちが重いと思っているのかを聞いてみたい」

 99年3月末に有利子負債2兆1千億円を抱え倒産寸前だった日産は、仏ルノーから出資を受けた。

 そして「再建請負人」としてルノーからゴーンが派遣され、最高執行責任者として大胆なリストラを断行。その様は、“ゴーン革命”と呼ばれた。2000年3月期連結決算の7千億円近い記録的な最終赤字からV字回復を成し遂げ、約4年で負債を返済したとされる。

 当時のゴーンを、『「名経営者」はどこで間違ったのか』の著者で、元日産北米副社長の法木秀雄さん(74)はこう見ている。

「見ていたのは数字だけで、現場や下請けなどの生活なんかどうでもいい男。ただし、歴代、経営者に恵まれなかった日産にあって、彼がやったのは必要なことでした。しかし“自分は世界に類を見ない経営者である”とのアピールがすべてに優先され、自身を神格化したうえで無理難題を押しつけていた。V字回復とされた数字も、営業外の損と利益が出るタイミングを操作したもの。純粋な営業利益ではありません」

 実際は経営手腕などない“虚飾のカリスマ”というわけだ。日本人にはできない苛烈な首切り断行で、突如として人生設計を狂わされた元社員たち。彼らはいま、どんな思いで高級ワインに酔いしれるゴーン夫妻を見ているのだろうか。

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