英国貴族社会版「渡鬼」、映画「ダウントン・アビー」はなぜ人々を引き付けるのか

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 20世紀初頭の英国貴族とその使用人たちの人間模様を描いた英米合作映画「ダウントン・アビー」が1月10日に公開され、観客動員数を伸ばしている。200以上の国や地域で大当たりした英国ドラマの続編。ドラマは日本でもNHKやBS放送のスターチャンネルなどで放送され、熱狂的ファンを生んだ。なぜ、このドラマは人々を引き付けるのか?人気の理由を探る。

「ダウントン・アビー」を一言でいってしまうと、英国貴族社会版の「渡る世間は鬼ばかり」。英国で2010年から2015年まで放送されたドラマ版は6シーズンで計52話もあるが、20人以上の主要登場人物が次々と騒動や事件に遭遇するので、片時も飽きさせない。ヘンリー王子(35)とメーガン妃(38)の主要公務からの離脱が世界中で話題になったばかりだが、英王室・貴族の暮らしぶりの裏側も垣間見られる。

 面白いのみならず質も高く、米ゴールデングローブ賞や米エミー賞など数々の有力賞を獲得した。推定視聴者数は世界で1億2000万人以上。米国などでは昨秋公開された映画版も大ヒットしており、興収は既に200億円を軽く超えている。

 この物語が見る側を引き付ける理由の1つは、登場人物たちには身分差があるものの、一人一人の描き方には格差がなく、いずれの人間ドラマも克明に表しているからだろう。

 また、ドラマは1912年から1925年までを描いているが、タイタニック号沈没(1912年)や第1次世界大戦(1914~1918年)、英国初の労働党政権誕生(1924年)などの史実が織り込まれているから、面白さが増している。英国から見た近代史の一端が分かる。

 物語の舞台はイングランド北東部のヨークシャー地方ダウントン村にある大邸宅。その名こそダウントン・アビーだ。ここで暮らす主要登場人物の一部を簡単に紹介したい。ただし、これからドラマを見ようと考えている人は、ストーリーの一部が分かってしまうため、注意してほしい。

■第7代グランサム伯爵・ロバート(ヒュー・ボネヴィル)
温厚で寛大。典型的な英国貴族。投資に失敗して狼狽したり、美しいメイドに心寄せたりする人間臭い一面も。ダウントン・アビーと領地をそのままの形で後継者に譲ることを、自分に課せられた最大の使命だと考えている。

■グランサム伯爵夫人・コーラ(エリザベス・マクガヴァーン)
アメリカの富豪の娘。莫大な持参金付きでグランサム伯爵に嫁いだ。慈愛に満ちた女性だが、芯は強く、度胸もある。夫らのような生まれた時からの貴族とは違い、考え方が合理的。ダウントン・アビーから出ても構わないと思っている。

■グランサム伯爵の長女・メアリー(ミシェル・ドッカリー)
気は強いものの、神経は細やか。自分にも他人にも正直な女性。遠縁の男性と結婚し、その男性がグランサム伯爵家の全財産を相続するはずだったが、タイタニック号沈没事故によって男性は他界。その後、やはり遠縁の弁護士・マシュー(ダン・スティーヴンス)と結ばれ、1児に恵まれるが、直後にマシューは交通事故死。やがてカーレーサーのヘンリー(マシュー・グード)と再婚。

■グランサム伯爵の次女・イーディス(ローラ・カーマイケル)
美人で常に人目を集める姉のメアリーに対し、劣等感と嫉妬心を抱いている。長く恋愛運がなく、最初の婚約者には結婚式で逃げられた。次に愛し合った雑誌編集者は既婚だった上、離婚手続きのために渡航したドイツで行方不明に。この男性との子供を極秘出産する。やがてヘクサム卿の継承者であるバーティー(ハリー・ハッデン・パトン)と結婚。

■グランサム伯爵の3女・シビル(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)
純粋で正義感が強く、先進的な考えの持ち主。家族にも使用人たちにも愛され、ダウントン・アビーのアイドル的存在。第1次大戦中は看護師となり、戦後は周囲の猛反対を押し切ってアイルランド出身の運転手・ブランソン(アレン・リーチ)と結婚。子供も生まれたが、子癇(妊娠中毒症の一種)を発症し、他界する。

■ブランソン
グランサム伯爵の3女・シビルの夫。英国に併合されたアイルランドの出身で、共和主義者。シビルに先立たれた後、幼い娘とアメリカに渡るが、やがてダウントン・アビーに戻り、グランサム伯爵家の長女・メアリーの良き相談相手となる。

■先代グランサム伯爵夫人・バイオレット(マギー・スミス)
グランサム伯爵ロバートの母。気位の高い貴婦人で、嫁のコーラとしばしば衝突する。身分制度の正当性を信じて疑わないが、その分、ノブレス・オブリージュ(高貴な者に課せられた義務)も忘れない。皮肉屋でブラックジョークが得意。

■イザベル(ペネロープ・ウィルトン)
メアリーの1人目の夫、マシューの母。マシューの死後もグランサム伯爵家との関係は続く。元看護師で、女性の自立と社会進出を唱える。何事にもリベラル。その辺の考え方はバイオレットと正反対で、よく口論になるが、内心ではお互いを認め合っている。マートン卿(ダグラス・リース)に求愛され、再婚。

■カーソン(ジム・カーター)
グランサム伯爵家の執事だったが、後に引退して隠居。少年のころから一家に仕え、信頼は絶大。本人も一家を愛し、特に長女のメアリーのためなら、どんな犠牲でも払う。家政婦長のヒューズ(フィリス・ローガン)と結婚。

■ヒューズ
家政婦長。やさしく、包容力もあり、使用人たちの母親的存在。カーソンの良き妻。

■トーマス(ロブ・ジェームズ=コリアー)
執事。第一下僕、副執事から昇格した。冷酷で上昇志向が強く、常に出世の機会をうかがい続けた。謀略を企てたこともある。そんな性格もあって孤独。同性愛者であることを思いつめた時期もある。

■ベイツ(ブレンダン・コイル)
グランサム伯爵付従者。伯爵の元戦友。前妻の死亡時に殺人容疑で逮捕されたり、妻でメイド長のアンナ(ジョアン・フロガット)をレイプした男が死亡した事件で夫婦が立て続けに疑われたり、試練が続いた。

■アンナ
メイド長。明るく聡明な女性。ダウントン・アビーに招かれた客の従者にレイプされてしまった忌まわしい過去がある。その上、レイプ犯が死亡すると、殺人容疑で逮捕されてしまう。無罪を証明するため、グランサム伯爵の長女・メアリーが立ち上がる。

■パットモア(レスリー・ニコル)
料理長。朗らかで気のいい女性だが、仕事には厳しい。その分、料理の腕はいい。一時、目が見えにくくなり、解雇を怖れて気持ちが荒むが、グランサム伯爵の手配で手術を受け、回復する。

■デイジー(ソフィー・マックシェラ)
料理長助手。台所担当メイドから昇格。第1次大戦に出征し、瀕死の重傷で帰還したダウントン・アビーの第2下僕・ウィリアム(トーマス・ハウズ)と結婚するが、直後に彼は帰らぬ人に。やがて下僕のアンディ(マイケル・フォックス)と恋に落ち、婚約する。

■モールズリー(ケヴィン・ドイル)
下僕。元はマシューの従者だったが、彼の死によって職を失い、ダウントン・アビーで雇われる。教養があり、人も良いのだが、どこか抜けており、失敗ばかり。この物語のコメディリリーフ――。

 ちなみに執事とは家事の総監督者。従者は主人に常に付き添い、身の回りの世話をする。ほかに下僕たちがいる。家政婦長は女性使用人の長。侍女は女性版の従者。ほかにメイド長、メイドがいる。

 計52話というと、NHKの大河ドラマに近い。登場人物の総数も同程度だろう。それでも大河ドラマとは違って、前述の通り世界規模で大ヒットした。このドラマのどこが一番優れているかというと、人間の描き方の細やかなところに違いない。

 例えば、グランサム伯爵のロバートは貫禄十分な人物だが、悩みがあると、苛立ち、困惑し、哀れにすら映る。また、伯爵の長女・メアリーは当初、高慢だったが、不幸や失敗に直面したことによって、他人の哀しみが分かる女性に変貌した。見る側が気づかないほど少しずつ変わっていった。

 映画版ではドラマ終了から2年が過ぎた1927年のダウントン・アビーが描かれる。当時の国王ジョージ5世とメアリー王妃が、滞在先にダウントン・アビーを選んだのだ。グランサム伯爵一家や使用人たちは歓喜する。

 使用人たちは晩餐会などの準備を始めるが、下見に来た国王夫妻の従者たちの言葉に落胆する。料理などの世話は一切不要と告げられたのだ。一方、グランサム伯爵一家にとって、国王夫妻滞在はただならぬこととあって、カーソンが一時的に執事にカムバックするが、これにバローがむくれてしまう――。

 ドラマの続編を映画でやると、不自然になりがちだが、この作品には違和感がない。

 1927年以降の続々編やさらに先の物語も作れそうだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年1月23日掲載

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