イランは意図的に米軍部隊を目標から外した:ミサイルの精度向上に驚く米専門家

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 世界が固唾を呑んで注視した、イランによるイラク駐留の米軍部隊へのミサイル攻撃。カセム・ソレイマニ司令官殺害の報復として全面戦争に発展か、と懸念された。

 しかし、現実はそんな攻撃とはならなかった。

 イラン側は「死者80人」と公式発表したが、事実ではなく、実際には米軍の死傷者を出さないため「意図的に」ミサイルの着弾目標を外していたとの見方で、米専門家らは一致している。実はイランは着弾目標を選別するほどの技術を持っていたのだ。

 ジェームズ・クラッパー元米国家情報長官(DNI)は米『CNNテレビ』で、これは「自制したイランの意図的(な無言の)メッセージ」であり、関係改善の好機だったが、ドナルド・トランプ米大統領は対応しなかった、と強く批判した。

 ただ、アサド空軍基地およびアルビル基地のような米国の軍事拠点をイランが直接攻撃したのは今回が初めてで、イランは明らかに「名」を取った。トランプ大統領はイランはミサイル攻撃後、「降りた(standing down)ようだ」と発言、米軍はイランに対する反撃を見送り、経済制裁の強化だけで対応することになった。

兵員居住区を意図的に回避

 米『公共放送ラジオ(NPR)』が米モントレー大学院ミドルベリー国際問題研究所と共同で、「プラネット社」が攻撃後に撮影したアサド基地上空からの衛星写真を点検した。それによると、このミサイル攻撃では、5カ所以上の構造物が破壊されたことが分かったという。他に1発が滑走路に着弾した。

 米政府当局者によると、アサド基地には計10発、アルビル基地には1発が着弾、他の4発は目標に届かなかったもようだ。

 このミサイル攻撃について、米戦略国際問題研究所(CSIS)のトム・カラコ上級研究員は基地内で兵員が居住する区域を意図的に避けたとみられ、これらミサイルの精度からみて「大量の死傷者を出す必要があれば、違った作戦をとった」としている。

 また米国防総省当局者によると、米軍の早期警戒システムが機能しており、イランによるミサイル攻撃は事前に探知でき、アサド基地の米軍および有志連合の部隊は「適切な防護措置をとる十分な時間があった」という。

 攻撃後、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師はイランの『ファルス通信社』に対して「当面はアメリカを平手打ちしたが、報復とは違う。このような軍事行動は十分ではない」と意味深長な発言をしている。

 大量の米軍死傷者を出せば、米側は大量報復攻撃し、全面戦争に発展する恐れがあったのは明白で、当面は自制したということだ。

命中精度が格段に向上

 イランがアサド基地を狙った理由については、ソレイマニ司令官を殺害したドローンがここから発射され、2018年にはトランプ大統領自身が訪問したことが挙げられている。イラン軍はあえてこの基地を、命中精度の高いミサイルで攻撃する能力があることを誇示したとみられている。

 イランが命中精度の高いミサイルを開発したことは、昨年9月14日にサウジアラビアの最大の石油施設をミサイル攻撃した時から、専門家の間で注目されてきた。

 ミドルベリー研究所のファビアン・ヒンツ研究員は「過去2、3年で、イランはミサイルを政治的・心理的ツールから実際に戦場で使える兵器に大幅に進歩させた」と指摘している。

 ハメネイ師は10年以上前に、ミサイル精度の向上を指示。1980年代のイラン・イラク戦争では旧ソ連製スカッド・ミサイルを使用していたが、その後巨額の投資で誘導システムの開発を進め、命中精度の誤差は数十メートルと格段に向上したという。

山本五十六以来の敵将殺害

 バグダッド国際空港を出たソレイマニ司令官およびイラン系シーア派民兵組織幹部の車列を攻撃したのは無人機「MQ9リーパー」。 米軍は昨年末に米国人が殺害された事件以後、ソレイマニ司令官の動向を綿密に調査した。米情報筋によると、情報提供者や通信傍受、偵察機などの監視システムを使って事実上尾行していたという。

 マーク・ミリー米統合参謀本部議長らが、トランプ大統領に、バグダッドの米大使館への攻撃に対して報復する選択肢を提示したところ、大統領がソレイマニ司令官殺害を選択したため、米軍首脳は「びっくり仰天した(flabbergasted)」という。

『ニューヨーク・タイムズ』紙によると、米国が敵国軍の主要指導者を狙って殺害したのは、太平洋戦争中の旧日本海軍、山本五十六連合艦隊司令長官以来のことだという。

 米軍は真珠湾攻撃の際は日本海軍の暗号を解読できていなかったが、その後解読に成功、1943年4月には、山本長官の動向を探知していた。ガダルカナルに近いショートランド島方面の前線への山本長官の視察予定を事前に知り、待ち伏せて撃墜した。

 日本海軍暗号の解読がばれるとの反対もあったが、フランクリン・ルーズベルト米大統領は「日本人の士気と戦局に与えるダメージが大きい」として許可。殺害後は沈黙を保ち、約1カ月後の5月21日に日本政府が山本長官の戦死を公表して以後、米側もその事実を認めた。 

 これによって、米軍側は士気が上がり、逆に日本側は悲しみに包まれた。

 まったく逆に、ソレイマニ司令官の「戦死」はイランでは戦意が高揚、米国ではトランプ大統領の「蛮勇」が批判された。ハメネイ師は今回はイラン国民の怒りの「ガス抜き」に苦慮し、自制したのだろう。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2020年1月10日掲載

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