東京五輪を逃したレスリング「登坂絵莉」 リオ五輪「金メダリスト」はパリを目指すのか

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ライバル応援

 登坂絵莉と言えば、リオ五輪決勝でアゼルバイジャン選手を残り2秒で大逆転したドラマはもちろんだが、五輪4連覇を目指した吉田沙保里が決勝で米国選手に敗れた時、普段はキュートな笑顔をスタンドでくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた様子が印象的だった。寮の部屋も一緒だったという吉田を実の姉のように慕っていた。

 一方、栄和人監督が率いた至学館大学といえば、吉田沙保里、伊調馨と超人的なスーパースターを輩出してしまったため世間では「金メダルは当たり前、2回くらいは五輪で優勝するんだろう」のような期待が高まってしまった。しかし、普通に考えれば26歳と20歳では勢いが違う。リオ五輪68キロ優勝の土性沙羅(25・東新住建)も今選手権の準決勝で敗退し、2月のプレーオフにもつれこんでしまった。

 簡単に「五輪連続金」というが、それがいかに至難なことかは過去、21人ものオリンピック金メダリストを輩出した男子レスリングで実現したのが上武洋次郎(東京、メキシコ)しかいないことがよく示す。可能性の高かったモントリオール五輪優勝の高田裕司(現日本レスリング協会専務理事、山梨学院大教授)はモスクワ五輪のボイコットで夢を絶たれている。  

 登坂は今後について「東京五輪を見てどういう気持ちになるのか」などと話したが、30歳で迎えるパリ五輪を目指せ、というのは酷だろう。「この先は考えていなくて、少しゆっくりしたい気持ちもある。レスリングを通して、良くも悪くもいろんな経験をさせてもらった。たくさんの人に出会った」と感謝した。「ライバルたちが憎いという風に思ったこともある。でも、振り返ってみると、その人たちのおかげで本当にいろいろな経験ができた。すごく成長させてもらったと思う。これから五輪に向かう人たちを素直に応援したいと思ったし、3位決定戦の高校生の子も頑張ってほしい」と話した。

 出場を逸した9月のカザフスタンの世界選手権を登坂は東京でテレビ観戦していたそうだ。入江ゆきが不成績なら、自分にもわずかな東京五輪のチャンスが回る。しかし後日、日刊紙「スポーツ報知」の高木恵記者の取材に対し登坂は、外国選手に苦戦するベテランのライバルの姿に「ゆきさん、負けろ」ではなく、気が付けば「ゆきさん、負けるな」とテレビを見守る自分がいたとことを打ち明けている。いい格好してそんなことを言う女性ではない。まさに、生きるか死ぬかの壮絶な「女の闘い」を演じてきたアスリート同志にしかわからないライバルの応援なのだろう。40年ほど前、国立大の柔道部員だった筆者は目指した団体戦に選ばれず、京大道場での大会初日、「あいつが負けたら2日目は自分と交代させてもらえるか」と同僚の負けを期待して試合を見守った。情けない経験からも「ライバルは憎い」はずだった登坂絵莉の「ゆきさん、負けるな」に深く心を打たれた。

 さてオリンピックでは伊調千春の2大会銀(アテネ、北京)、小原日登美の金(ロンドン)、登坂絵莉の金(リオデジャネイロ)と日本が誇る伝統の女子最軽量級。決勝戦で入江ゆきを僅差で倒した須崎は「三つ巴戦」を制し、来年3月のアジア予選(中国)で2位以内なら東京五輪の出場資格を得るが、成績不振なら入江ゆきにもわずかにチャンスが残る。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班

2020年1月9日掲載

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