2020年、「AI後進国」日本にチャンスが到来する理由

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 2019年は、AIに関連するニュースを聞かない日のない一年だった。世界で過熱する技術競争の中で、「日本はAI後進国」とソフトバンクの孫正義会長が発言したことも国内では話題となったが、そんな日本にも意外な好機があるという人物がいる。

 アメリカ・シリコンバレーをはじめ、中国のテクノロジー特区・深セン、モスクワ郊外にある“ロシアのシリコンバレー”スコルコヴォなどの世界各地を現地取材し、最前線のAI開発研究者や起業家ら51人にインタビューしたノンフィクション『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』を刊行した菅付雅信氏だ。

アメリカは「企業」、中国・ロシアは「国家」、ヨーロッパは「個人」

 菅付氏の著作によると、AIの開発には、その国や地域の思想が大きく影響するのだという。現在、競争の中心にいるのはアメリカで、GAFAに代表される巨大企業が圧倒的なシェアを獲得し、経済力で世界を支配しているのは周知の通りだ。

 一方、台頭する中国では、その社会体制を背景として顔認証技術の開発が活況を呈しており、世界的に知られたAIベンチャーがいくつも存在する。そうした企業が政府や公安当局と連携し、大規模に導入された監視カメラが街中に張り巡らされる“デジタル管理社会”が実現している様子を菅付氏は本書でリポートしている。

 また、中国ではAIが人々を採点する「ソーシャル・スコア」も盛んで、点数の高い人は優遇される一方で、点数の低い人への差別が問題となっているという。今年3月のガーディアン紙記事によると、EC企業アリババが運営し9億人のユーザーを持つ「芝麻信用」において、ランクの低かった中国人はこの1年間で2300万人が飛行機の予約を取れなかったと報じられている。

 そんな中、新たな“大国”として存在感を増しているのがロシアだ。プーチン大統領の「AIを制する国が世界を支配する」という2017年の宣言からも分かるとおり、国を挙げた人材育成とスタートアップの資金援助に乗り出しているロシアは、2019年5月には海外のサーバー使用を禁止する「インターネット鎖国法」に署名したことで、世界のAI競争を“21世紀の冷戦”に変えつつある様相を呈している。

 中国同様、ロシアでもAIによる顔認証は積極的に導入されており、コンテストでグーグルを打ち負かした技術をもつ顔認証企業はモスクワ市との共同プロジェクトにより、市内10万台以上の監視カメラを全て自社の製品に置き換える予定だと本書で菅付氏の取材に答えている。

 これらの国々とは異なり、ヨーロッパ(EU)では、企業が欧州経済領域内で取得した個人情報のデータをヨーロッパ外に持ち出すことを禁止するGDPR(一般データ保護規則)が2018年に運用開始されるなど、個人の人権を企業や国家による脅威から守る方向へ法整備が進んでいる。

 つまり、アメリカは「企業」、中国やロシアは「国家」、ヨーロッパは「個人」を優先する価値観をもとにAI開発と向き合っていることが分かるのだ。

 こうしたAIをめぐる世界の攻防の中に、日本の姿はない。だが、菅付氏は本書の取材を通して、日本の勝機はそうした「先端をめぐっての競争」にはないと考えるようになったという。

日本の勝機は「中庸性」にあり

 菅付氏によると、「日本企業の強みは最先端のものをいちはやく取り入れ、それをハイ&ローの二極化的な方向ではなく、中流階級的かつ中庸的なものへと加工して、再び国外に出すこと」にある。例えばかつての家電メーカーや、今ではユニクロや無印良品などのものづくりに象徴される、“ほどほどに高品質な均一化”の方向性だ。

 加工貿易的な能力を高め、「日本が世界に対して持っている独特の客観性や中庸性」という特性をむしろ生かしたAI開発を考えていくことこそが、これからの鍵を握ると菅付氏は考えている。

 AIを巡る論争は、技術が現在進行なだけに極端な夢や、極端な悲観論に触れがちだ。しかし菅付氏は『動物と機械から離れて』の中で、「アメリカの利益主導、ヨーロッパの個人の権利主導、そして中国の共産的価値観とも異なる立場でAIを捉え、排他的でなく、包摂的なものに開発していくこと。そこに日本の、いい意味での中途半端かつ中立的なアドバンテージがあるのではないだろうか」と記している。

 世界のリアルな現状に基づくAI論を知ることが、ビジネス上でも勝機をつかむことにつながるはずだ。1月7日(火)には、新宿・紀伊國屋ホールで菅付氏が取材の成果をレクチャーするトークイベント「AIは人を幸福にするか?」が開催される。

デイリー新潮編集部

2019年12月28日掲載

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