数字で見る大塚家具、企業価値は4年で6分の1に… 久美子社長のスゴイ経営手腕

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 大塚家具がヤマダ電機傘下に入ったことは、デイリー新潮「大塚家具がヤマダ電機に身売り 久美子社長の会見に“社員と株主は気の毒”という声」(12月16日配信)で報じたとおりだ。子会社となっても、社長に居座る大塚久美子社長(51)の“実績”を、数字で振り返ってみよう。

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 久美子社長が大塚家具の社長に昇進したのは2009年3月のことだ。1969年の創業以来、社長を務めてきた父・勝久氏(76)が会長に退き、彼女を引き上げたのだ。09年からの売上高、純利益、そして現預金の推移は以下の通りである(註・2019年の数値は第3四半期に発表された数値)。

 09年から15年まで、売上高だけを見れば大きな変動はないと言っていいだろう。関係者が言う。

「先日の身売り会見でも、『私が大塚家具の社長を引き受けましてから、11年が経ちました』と久美子社長が話していたように、確かに09年に社長に就任しています。しかし、当時は会長に勝久氏がいて、経営全般に目を光らせていました。そのため、彼女が社長に就任してからも毎年500億円以上の売上がありました」

 会員制で高級家具に特化して会社を大きくしてきた父に対し、久美子社長は「大塚家具は高級家具だけを売っているのではない。会員制ビジネスを見直し、気軽に立ち寄ってもらえる店舗づくりをしていく」と、イケアやニトリを意識したやり方を展開しようとした。だが、それが原因で勝久氏と対立する。

「業績不振を理由に久美子社長は14年7月に解任され、勝久氏が社長に復帰します。彼女がやりかけた、“おしゃれなお店”もすべて閉店した。しかし、彼女はそれで納得する人ではなかった。15年1月の取締役会で、久美子の社長復帰・勝久の会長専任が決定されます。続く3月の株主総会では、父娘が経営権を巡って、株主の委任状の争奪戦、いわゆるプロキシーファイトに発展し、お家騒動、親子げんかと報じられたのはこの頃のことです。委任状の過半数を集めることに成功した久美子氏が勝利し、勝久会長は退任させられます。つまり、久美子社長が独り立ちし、完全に自分のやり方ができるようになったのが15年。ここから全店の模様替えやロゴマークの変更、中古家具の取り扱いも始めるなど、彼女のやりたかったことが前面に出てきます。やはり、この年がターニングポイントでしょうね」(同・関係者)

 15年は、親子げんかで世間を騒がせた“お詫びセール”が注目され、売上が上昇した。だが翌16年以降、売上は落ち続け、純利益も毎年赤字となっていく。現金も減る一方だ。

「16年以降、大塚家具は泥沼の経営状況が続きました。一度成功したセールが止められなくなり、儲けにも繋がらない。赤字は16年に45億円、17年に72億円、昨年は32億円、今年はまだ第3四半期(1~9月)までしか発表されていませんが、すでに30億円の赤字です。売上高は210億円で、このままなら年末は260億円程度ではないでしょうか。となると、彼女は名実ともに実権を握ってから、売上をほぼ半減させたとみることができます」(同・関係者)

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