小路明善(アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役社長兼CEO)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

企業・業界 週刊新潮 2019年11月28日号掲載

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 この4年ほどの間に、ヨーロッパとオーストラリアで次々ビール会社を買収し、一気にグローバル企業となったアサヒグループホールディングス。いまや社員の半数以上が外国籍だが、そうした会社をこれからどう舵取りしていくのか。目指すは「グローカル経営」だという。

佐藤 日韓関係の悪化を受け、韓国で大規模な日本製品の不買運動が続いています。アサヒビールはいかがですか。

小路 大打撃を受けています。韓国は、スーパードライの売り上げが日本以外で一番大きなエリアでした。8年連続で輸入ビールナンバー1でしたが、そのポジションを維持するのは難しいとみています。

佐藤 そこまできていますか。

小路 これまでも関係の悪化ということはあっても、消費者の生活レベルでは日本製品は受け入れられていた。

佐藤 従来はそうでしたね。

小路 非常に深刻な状況です。ただ先日来日された李洛淵首相が、日本と韓国の1500年の歴史の中で不幸な歴史は50年しかないと言っていました。それを考えると、これからの1500年は私たちが築いていかなければならないわけです。国と国とのことですので、民間企業としてはいかんともし難いですが、そういう視点で私たちも考えています。

佐藤 これを与件として捉えておられるわけですね。

小路 ええ。今は耐え忍ぶしかないと思っています。ただ、8年連続ナンバー1になっただけのお客様がいてくださったわけですから、日韓関係の回復の兆しが見えたらまた力を入れていきたい。

佐藤 生活レベル、特に食のレベルでは、定着しているものは戻ってくると思いますよ。

小路 韓国経済が疲弊していることを考えると、経済交流、外交も含めて、どこかの時点で再度強い絆を作り上げていかなければならないと思っています。

佐藤 そこで私が懸念しているのは、今はまったく予期せぬ形のカントリーリスクが出てきていることです。ユニクロの広告の問題を見ても、98歳の白人女性が13歳の黒人少女から「私の年の頃にはどんな服を着ていたの」と聞かれて「忘れたわ」というだけの広告が、慰安婦について覚えていない、日本企業のユニクロが、過去を忘却せよというプロパガンダ(宣伝)を展開していることになってしまって、中小企業大臣まで国会で発言するに至った。ユニクロにとっては青天の霹靂だったと思います。

小路 そうでしょうね。私も韓国でここまで不買運動が大きくなるとは、全く予測できなかった。

佐藤 外務省も首相官邸も予測していなかったと思いますよ。

小路 最近よくVUCAの時代だと言われますね。変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の英語の頭文字を取ったものですが、私たち民間企業を取り巻く環境も、昨年あたりからVUCAが非常に強く感じられるようになりました。少し前にはトランプ大統領の当選やブレグジットなどがありましたが、ますます予測困難な時代になってきている。

佐藤 そこにSNSの影響が加わると、さらに予測しにくくなります。

小路 この予測困難な時代にあって、企業という船をどう目的地に持っていくのか、これがここ数年の経営者に求められることだと思います。もちろんVUCAの時代にもチャンスはある。ただチャンスとリスクが混在していて、どこに何が潜んでいるか見えにくい。ではどうするのか。私はまず、多様な経営陣によってチャンスとリスクを見極めていこうと考えています。例えば、国際事情に詳しい多様な人材を集める。財務といってもグローバル財務に詳しい人、法務もグローバルな法務に精通している人物を登用する。そうした多様な人材を集め、多角的な視点からこれから起こり得る事象、あるいは変化の兆しを見てとって、私たちにとってそれがチャンスなのかリスクなのかを見極めていく。

佐藤 人材における多様性はますます重要になりますね。

小路 ただ多様性を持たせると、どうしても意思決定のスピードが遅くなります。ずっとチャンスとリスクを分析していたら、船は止まってしまう。チャンスに向けての安全な航路を見つけ、巡航速度を落とさずにいくには、私たちトップの“直観力”が非常に大事です。その直観力には観察眼と感性が前提となりますが、それによって、意思決定のスピード化と最適化ができるのではないかと考えています。

佐藤 直観力という言葉で思い出した人がいます。19世紀初めにフリードリヒ・シュライエルマッハーという神学者がいました。彼はプロイセン王お付きの牧師で、ベルリン大学の教授も務めていたのですが、宗教の本質は直観と感情だと言った。

小路 ほう。

佐藤 直観をベースに神学を組み替えたんです。以前なら神は天上、空の上にいました。でもガリレオ、コペルニクスが登場してからは、上とか下という世界像や宇宙像がなくなった。では神はどこにいるかと言えば、心の中にいると。そしてその神をとらえることができるのは直観だいうのがシュライエルマッハーの考え方です。だから直観は、近代になるときのキーワードだったんですよ。

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