「ヤフー・LINE経営統合」で熾烈「ペイ戦争」次は「メルカリ」

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 孫正義社長率いる「ソフトバンクグループ(SBG)」の傘下「ヤフー」が11月18日、SNS大手「LINE」と事業統合することで合意した、と発表した。

 SBGは決済サービスの「ペイペイ」を軸に、コミュニケーション、エンタテインメント、買い物などあらゆるサービスをワンストップで提供するプラットフォーマーを目指している。対抗馬は携帯電話参入でコミュニケーションを強化する「楽天」だ。LINEを始めとする中堅のネット企業がプラットフォーマーになるのは難しい。日本のネット業界は、2強を軸に再編の嵐が吹き荒れそうだ。

「業界全体が動く」

 11月13日の夜、私は東京・赤坂で3人のネット業界関係者と会食をしていた。1次会の中華を食べ終わり、飲み直しで2次会のバーに向かった。その道すがら、1人が「うおっ!」と叫んだ。新進気鋭のネット・ベンチャーの創業社長である。残りの3人が振り向く。社長はスマホに見入っている。

 「ヤフーがLINEを買収するって、流れてますよ」

 「ええっ!」

 全員がスマホを取り出し、せっせと検索する。

 第1報は21時36分の『共同通信』。

 「ソフトバンクがLINEと包括提携検討」

 「包括提携を検討。買収も視野に入れる」というたった2行の速報記事だった。

 これをすぐに追ったのが、21時47分の『日本経済新聞』の電子版。

 「ヤフーとLINE経営統合へ ネット国内首位に」

 何をもって「ネット国内首位」というのかよくわからない見出しだが、記事の中身は充実していた。

 「ソフトバンク」とLINEの親会社である韓国「ネイバー・コーポレーション」が折半出資の会社を作り、その会社が「Zホールディングス」(ヤフーの持株会社)の株主になる。そのZホールディングスがヤフー、LINEの株式を100%保有する、と説明し、図解まで入れている。

 おそらく日経は予定稿を準備して詰めの取材を進めており、14日の朝にも特報を打つつもりだったが、共同通信に先を越され、慌てて予定稿を流した、というところだろう。

 この夜の会食相手は、会社は違えど3人ともヤフー、LINEと浅からぬ縁がある。2次会のバーはヤフー、LINEをめぐる、即席座談会になった。

 「ちょっと噂にはなっていたけど、本当にやるとは」

 「これで、業界全体が動きますね」

 「その昔にはソフトバンクと楽天という話もあったしなあ」

 それぞれが、思い思いの感想を口にしながら、次の展開を考える。ネット・ベンチャーの社長がポツリとつぶやいた。

 「次は『メルカリ』だな」

 「うん」

 全員が深く頷いた。

生き残りの条件は……

  今、日本のネット業界で起きているのは、顧客の最終囲い込み戦争。通称「ペイ戦争」だ。

 「ペイ」とはスマホアプリを使った電子決済。キャッシュレス化の最終形態とされ、ゆくゆくは現金、キャッシュカード、銀行振込、プリペイドカードなど、あらゆる決済サービスがここに収斂されていくと見られている。

  SNS、メール、通話でコミュニケーションし、ゲーム、動画、音楽などのコンテンツを楽しみ、必要な情報を検索し、移動し、買い物をし、こうした営みにかかった費用を口座から振り込む。今はバラバラのサービスを利用しているが、「ペイ」すなわち決済サービスを軸に、こうした日々の営みは1つのプラットフォームに絞られていく。「ペイを制する者がネットを制す」というわけだ。

 プラットフォームは1つの国に2つか3つあれば十分だろう。そのサバイバーを決めるのが「ペイ戦争」だ。

 世界的に見れば米国の「GAFA(ガーファ=グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」と中国の「アリババ」、「テンセント」が飛びぬけているが、日本には独自のプラットフォームが残りそうだ。

 生き残りの条件は、コミュニケーション、コンテンツ、検索、買い物、決済をワンストップで提供できること。その条件を満たしているのはSBGと楽天で、それぞれに一長一短がある。

 SBGはコミュニケーションに強い。携帯電話の「ソフトバンク」は3大キャリアの一角をしめ、コンテンツでは、検索・ニュース配信の「お化けサイト」ヤフーがある。約5000万人の利用者を持つヤフーに約8200万人のLINEが加わることで、コミュニケーションでは圧倒的な地位を築くことになる。

 一方、買い物の「ヤフーショッピング」は「楽天市場」、「アマゾン・ドット・コム」に大きく水をあけられており、決済の「ペイペイ」は「100億円還元」のキャンペーンで話題を振りまいたものの、まだ始まったばかりである。

 楽天の強みは買い物と決済である。楽天は流通総額4兆円を超えて、盤石の態勢にあり、楽天カードの発行枚数は日本一。その後ろには「楽天銀行」、「楽天証券」が控えており、フィンテックに関しては頭一つ抜けている。

 しかし、コミュニケーション、コンテンツは鳴り物入りで買収した「バイバー」や「コボ」が伸び悩んでおり、LINEを統合するヤフーにさらに引き離されることになる。本格サービスが来春に延びた携帯電話(第1種)が、3大キャリアをどこまで脅かすことができるかが焦点になる。

再編の軸になるのは2社

 2強以外のネット企業も、プラットフォームを目指している。SNSのインフラになったLINEはMVNO(格安SIM=格安の料金で利用できる通信サービス=を提供している事業者)の「LINEモバイル」や決済サービスの「LINEペイ」でワンストップを目指したが、2強に追いつくにはかなりの時間と莫大な投資が必要だと気付いた。その結果が、今回のヤフーとの事業統合だろう。SBGのプラットフォームの中の「1つのサービス」になることで、生き残りの道を探る戦略だ。

 LINEと同じ道を歩んでいるのが、「メルカリ」である。メルカリも2019年2月に決済サービスの「メルペイ」を開始した。プラットフォーマーとして知名度を上げるため、Jリーグ「鹿島アントラーズ・エフ・シー」の株を「日本製鉄」から買い取って子会社化した。だが、2018年6月に上場した時、5000円をつけた株価は2300円前後まで下落している。生き残れるかどうかは時間との勝負になり、体力を考えると、SBGか楽天、どちらかの陣営に入る可能性が高い。

 SBGと楽天も決して盤石ではない。孫正義社長が10兆円の大風呂敷を広げた「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」は、米シェアオフィス大手「ウィーワーク」の株式評価損などが響き、2019年7~9月期、5726億円の赤字に転落した。SBGは約1兆円の「追い貸し」を余儀なくされ、しばらくは「ウィー問題」に足を取られることになりそうだ。

 楽天が11月7日に発表した2019年7~9月期決算も、最終損益が141億円の赤字だった。出資している米ライドシェア大手「リフト」の株価下落などが要因だ。世界初の「完全仮想化」で挑む携帯電話事業も技術的な問題から、予定していた10月に本格サービスを始められなかった。

 とはいえ、資金力、技術力、ブランド力のどれを取っても、国内では2強が飛び抜けている。「ペイ」を軸にネットサービスのワンストップ化が進む中、再編の軸になるのは、やはりこの2社だろう。問題はGAFAやアリババ、テンセントが「ペイ」で日本に侵攻してくる前に、日本の再編を終え、迎撃体制が整えられるかどうかである。再編が遅れれば、日本のネット市場が米中の巨人たちに一気に飲み込まれる展開もないわけではない。             

大西康之
経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正」(新潮文庫) がある。

Foresight 2019年11月20日掲載

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