日覺昭廣(東レ株式会社代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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社会の課題を解決する

佐藤 東レグループは、26カ国275社で、従業員4万8千人と聞きました。そうすると家族も含めれば、20万人近くの生活が日覺社長の肩の上に掛かっている。社長が経営判断を間違えると、20万人の人生に影響する。これは大変なプレッシャーじゃないですか。

日覺 私はあまりプレッシャーを感じたことがないんですよ。会社に入るときから、オーナーだったらどう考えるかを常に基本としてきたので。

佐藤 ご出身は兵庫県三木市で、大学は東京大学工学部ですよね。日覺さんの大学時代は、激動期だったと思いますが。

日覺 そうですね。大学に入った翌々年の入学式はなかったですね。

佐藤 東大入試中止の年ですね。当時のことがその後の人生に何か影響を及ぼしていますか?

日覺 あまり関係ないですね。

佐藤 大学時代は何をしておられたんですか。

日覺 少林寺拳法です。

佐藤 それは中学、高校から?

日覺 中学時代はバスケットボールですね。また剛柔流の空手をやっていたこともあって、大学では少林寺拳法に入りました。やっぱり学生時代はクラブに入って友達と一緒に時間を過ごすのが大事なので。

佐藤 入社後、研究所じゃなく工場勤務を希望されたそうですね。

日覺 滋賀事業場の施設部工務課に配属になりました。当時から「会社としてあるべき姿」を考えて発言してきましたから、若い頃は「社長みたいなことを言う」と煙たがられ、課長や部長とよく衝突したものです。

佐藤 このプロジェクトを進めようという決断はどのようにされるんですか。

日覺 よく言うのですが、私は「決断」はしたことがありません。私がしているのは「判断」なんです。

佐藤 なるほど。

日覺 東レは素材を通じて社会の課題を解決しようとする会社です。その基本に忠実に、あるべき姿を目指して、やるべきことをやる。具体的には、まず東レに強みがあるかどうかを見る。社会が必要としていても、分野や事業基盤として東レに強みがないものはやらない。そのうえで、社会にどういう貢献ができるか考えると、やるべきことは決まってきます。決まれば、あとはどうやるかだけです。

佐藤 長期にわたる研究開発ですから、いわゆる株主至上主義とは相容れないですね。

日覺 あれは短期志向ですからね。私は株主資本主義は悪いと思っていないけれど、金融資本主義のマネーゲームには疑問を抱いています。本来、株主は、企業の理念や技術開発に共鳴してお金を出してくれる人たちだと思う。

佐藤 安定株主ですね。

日覺 会社の理念と関係なく、ただ株価の乱高下に合わせてタイミングよく儲ける人では困る。

佐藤 私がいま大学で教えていて非常に心配しているのは、将来何になりたいかと問うと、コンサルがいいとか、投資会社に行きたいと答える優秀な学生が多いことです。これは偏差値教育の弊害ですよ。偏差値を上げていくのと同じように、お金を稼ぐことで承認を得ようとしている。

日覺 でもそれは過渡期的な状況じゃないですかね。

佐藤 同感です。

日覺 アメリカでも、若いミレニアル世代では、進歩とか発展はもういいと考えている。それよりは心とか社会性を重視するようになって、リーマンショック後からはシリコンバレーでも、どれだけ社会貢献しているかアピールしないと優秀な学生が集まらない。今も欧米の金融資本主義を取り入れようとしている日本は遅れているんですよ。

佐藤 経団連に「今後の採用と大学教育に関する提案」という教育提言がありますね。就活時期の自由化というところだけが注目されましたが、これには第2部があって、経団連が大学に望んでいるのは、哲学と倫理をきちんとやってほしいということなんですね。文系には数学を、理系においては国語の教育を求めている。企業マネジメントをしている人たちは、学生にきちんとした勉強をして幅広い教養を身に付けてほしいと考えている。

日覺 やっぱり基礎力をしっかり身に付けてほしいですね。特に日本語、国語ですね。僕は英語なんか後回しでかまわない、日本語をしっかりやって、感覚を磨いていくことが必要だと思っているんですが。

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