追悼・芸能リポーター「福岡翼さん」 4月に亡くなっていたのに今ごろ公になった理由

エンタメ 2019年10月15日掲載

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 芸能リポーターの草分け的存在だった福岡翼さんが、4月20日に慢性心不全増悪のために都内の自宅で亡くなっていたことが明らかになった。享年79。福岡さんとは40年以上の親交があった芸能リポーターのみといせい子さん(70)が、故人のエピソードや生き様を回想する。

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 みといさんが、福岡さんの訃報を知ったのは、10月2日だった。

「福岡さんの妹さんから、手紙をいただいたのです。福岡さんは、お亡くなりになる2、3日前、甥っ子と食事をする約束をしていたそうです。ところが、甥っ子が店に行っても、福岡さんは現れない。電話をしても繋がらないので、福岡さんの自宅の鍵を持っている、大阪にいる妹さんに連絡。あわてた妹さんは、新幹線に飛び乗って上京し、福岡さんの自宅に入ると、福岡さんはベッドの中で眠るように亡くなっていたということです。枕元には、読みかけの本があったといいます」

 亡くなったのは4月20日。なぜ10月になって手紙が届いたのか。

「福岡さんは、日刊スポーツ映画大賞の選考委員をしていました。そろそろ選考を始める時期なので、日刊の担当者が福岡さんに連絡したが、繋がらない。何とか妹さんにたどり着き、彼女から今年4月に亡くなっていたことを聞かされたそうです。福岡さんは、『誰にも知られずに消えたい』という美学の持ち主です。遺族はそれを尊重し、それまでずっと黙っていたのでしょう。当然、日刊は福岡さんが亡くなったことを報じるでしょうから、兄の死が公になる前に、妹さんは私に手紙で知らせてくださったのです」

 福岡さんは高知県出身。早稲田速記学校を卒業後、「女性セブン」(小学館)で記者として活躍した。

「当時は、まだ今のようにICレコーダなどない時代でした。記者会見のときは、記者はテープレコーダーを使っていましたが、福岡さんは、全部速記でダーッと書き留めていました。相手が喋るとほとんど同時に書いてましたね」

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