世界選手権で露呈、日本のお家芸「レスリング」が抱える東京五輪への不安

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厳しさ際立った男子陣

 近年、日本ではレスリングと言えば女子、のようになってしまっていた。しかし、現地で取材すると観客は女子の試合では激減する。男子になると満員になり熱が入った。日本はちょっと「特殊事情」ではある。

 ソウル五輪でフリーの軽量級の佐藤満と小林孝至が金メダルを取って以来、ロンドン五輪で男子フリー66キロ級の米満達弘が金メダルを取るまで「冬の時代」が続いた。ようやく男子も復活しかけたと思ったが世界の壁は厚い。

 重いクラスはもともと厳しい。過去、五輪で日本選手がメダルを取ったのは、ロス五輪とソウル五輪のフリー90キロ級で銀を取った太田章だけだ。今回も軽量に期待するしかなかった。

 男女合わせて国別の五輪出場枠を取ったのは、ロシアの9に続き日本は8枠。これは地元のカザフスタンに並んだ。しかし男子フリーでは全10階級で枠を採れたのはたった2階級だ。大きかった誤算が、昨年、史上最年少の世界チャンピオンとなった乙黒拓斗(20 山梨学院大)だ。3回戦で乙黒を破ったロシアの強豪ラシドが決勝まで進んでくれたため敗者復活戦に回れた。それでも3位決定戦でハンガリー選手に敗れた。敗戦後、執拗に審判に食い下がっていた。指を掴む相手の反則を訴えていた。「納得いかない。5位は代表として失格」と言葉少なだった。2年前に男子フリーで36年ぶりに優勝した57キロ級の高橋侑希(25 綜合警備保障)も全く精彩を欠き、準々決勝でインド選手に敗れた。

 井上謙二・男子フリースタイル強化委員長は「2年連続でメダルを取ってきましたが、今回取れなかった。大敗だと思います。敗因としては日本の主要選手が徹底的に研究され、こちらの対策より上回っていた。乙黒選手は徹底的にカウンタータックルを防がれた」などと話した。また井上氏は「選手の怪我を気にしすぎたりするなど大事にし過ぎたことも反省点としたい」とも吐露した。

 フリーは不甲斐なかったがグレコローマン軽量陣が頑張り、文田健一郎(24 ミキハウス)と、太田忍(26 ALSOK)が優勝したのは当WEBで既報した。

 大会中は当初、「惨敗したとは思っていない」と強調していた西口茂樹・強化本部長だったが、「金メダルを5つくらいとるつもりだったが3個。ひとつは非オリンピック階級。厳しい結果だがオリンピックまでに克服できないことはない」と認めた。「女子は向田(真優)が負けるとは思わなかった。男子グレコは軽量がいい勝ち方をした。フリーは2階級で枠を取ったが、エース階級(57キロ級)で高橋侑希が勝てなかったのは痛い。2年前にチャンピオンになった時はもっと貪欲だった。乙黒(拓斗)は『今の自分のままで行けるんじゃないか』という考えがあったと思う」などと指摘した。

 個々の敗因を上げればきりがないが、簡単に言えば男子も女子も短い間に世界は日本よりも強くなっていたのだ。五輪を前に力を入れるのは日本だけではない。その意味でも今回の世界選手権は日本と世界の現状の力をほぼ反映していたのではないだろうか。もちろん、男子フリーなどは残る4つの国別枠を取ることからだが、男女ともに10ヶ月で立て直すことはかなり至難なことだろうと感じた。

 1964年の東京五輪では女子種目はなかったが、日本レスリング協会の八田一朗会長の「八田イズム」の元、男子が4つの金メダルを獲得し、「東洋の魔女」や体操と並んで国民の大喝さいを浴びたレスリング。それを覚えている人は減ってきたが、近年も吉田沙保里や伊調馨らを軸にした女子の破格の活躍の印象が強く、再び巡ってくる東京五輪を前に国民の期待が大きい。「あれは特別だった」が協会関係者の本音でもあろうが、世間はそれを許さないため福田富昭会長以下、彼らの重圧は計り知れない。ここはこのすばらしき格闘技をオリンピックの前後だけ注目するのではなく、長い目で温かく見守りたい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年10月2日掲載

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