「夏ドラマ」採点 辛口コラムニストが最終回まで面白く見た2作品

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 まずは「あなたの番です-反撃編-」[日テレ系・日曜・22時30分~]。

「あな番」は、4~6月期から2クール続いてきた長丁場の後半。失敗作と呼ばれた前半から徐々に視聴率を上積みしてきて、最終回ではそれまでの平均の2倍にもなる19・4%(ビデオリサーチ、関東地区:以下同)という驚異的な、と言うより、非常識な数字を取って話題になりました。

 作品については前シーズンを総括するドラマ評で、すでにあれこれ語ったので、今回はその補足に留めますが、「大化けを期待して」前記のベスト3の3位に入れた自分をまずは褒めてあげたいとして、半年つきあってきた果ての感慨は、「やっぱり秋元康モノだったか」に尽きます。

 この「やっぱり」は「しょせん」と言い換えてもいいんですが、それではこの力技を成し遂げた稀代の香具師(やし)に対して礼を欠くようにも思われる。いや、ラストの謎解き(未満の何か)に落胆しなかったわけじゃありません。アレをミステリーとして見続けるほどモノ好きでもお人好しでもないのでね。ただ、そのラストにさえ、立腹はしなかったんです。着目していたのは、秋元康一座がどんな見世物を繰り出してくるか、それによって連ドラにどれだけ人を呼び込めるかだったのでね。だから、終盤に向かっての盛り上がりという現象を久方ぶりに目の当たりにできたことは楽しかった。

 ドラマを見ていたのではなく、ドラマを取り巻く世間の動きを見ていた──などと書くと、それこそ生意気ざかりだったころの秋元康みたいで指が痙攣するけれど、連ドラにもまだ秋元康ビジネスの舞台になれるくらいの潜在力が残っているというのは朗報かと。もうひとつありがたいのは、「あな番」が名作でも佳作でも何でもないので、再見の欲望に駆られて延々と時間が潰れる可能性については、「絶対ない感」がビンビン働いてること。録画した全21話は心置きなく消去できます。

 一方、逼迫するハードディスク容量が気になりつつ、1話たりとも録画を削除できそうにないのが、「凪のお暇」[TBS系・金曜・22時~]。

 原作の漫画をまったく知らなかったのも恥ずかしければ、ドラマ版のスタート前にこれほどの作品になると予感さえしなかったことも恥ずかしいんだけれど、主演が、あの残念作「獣になれない私たち」(18年・日テレ系・水曜・22時~)においてさえ濃い存在感を放っていた黒木華(29)であること、その一点から、せめて第1話は見てみたい作品ではありました。で、実際に、おっかなびっくりで見てみたら、これがよかった。

 本心を偽って周りに合わせて生きてきた人間が、その周りの本心や裏切りを知って、それまでの暮らしを捨て、まったく違う生き方を始める。そういう話は現実にもフィクションにもよくあって、たとえばウディ・アレンなんて「私の中のもうひとりの私」(89年)とか「アリス」(90年)とか、このパターンで何本も映画を撮ってるくらいですが、この手の物語の場合、肝になるのは、さて何でしょう?

 以前、モノ書き志望の学生たちにこの質問をしたとき、いちばん多かった答えは、「主人公の生き方が変わるきっかけを面白くすること」。ところが、プロの書き手も含めた議論の果てに、結局、正解となったのは、「主人公が変わる前の生き方と、変わった後の生き方をきちんと描くこと」だった。

「凪のお暇」の脚本の大島里美も、どうやら同じ考えの持ち主。都心の中目黒の実家に住むOLの凪(黒木)が、つきあっていた社員や同僚たちに幻滅して会社を辞めるまでの世界と、郊外の立川のアパートに引っ越して一人暮らしをする中で新しい人たちと知り合って変わり始める世界の両方を描き込み、描き分けています。

 ふわりふわりとしてどこか非現実感のある凪の変化に妙なリアリティが生まれたのはそのためだと思うし、原作由来の筋立ても、ドラマが単純な「新しい私」讃歌に陥ることを防いでいた。「後の生き方・世界」に写った凪が「前の生き方・世界」を捨て去ってしまうのではなく、半年間の「お暇」の後にまた「前」に戻っていく可能性も残っている設定なんでね。

 キャスティングにも妙なうまさがありました。同じアパートに住む老婆の三田佳子(77)やシングルマザーの吉田羊(生年非公表)、凪がアルバイトをすることになるスナックの「ママ」の武田真治(46)、凪がOL時代につきあっていた高橋一生(38)あたりは、正直なところ、個人的には苦手な役者たちなんですが、このドラマでは誰も引っかかりが小さくて、割とスルッと受け入れられちゃう。

 考えてみれば、高橋も吉田も、そして主演の黒木までも、大手事務所の所属ではなし。デーブ・スペクター言うところの「視聴者を無視する芸能プロダクション先行で不適切なキャスティング」からは程遠い配役です。

「なんだよ、やろうと思えばちゃんとこんなドラマ、作れるんじゃん」と嬉しくなって、後からスタッフをきっちりチェックしてみれば、プロデュースはあの大化け作「義母と娘のブルース」(18年・TBS系・火曜・22時~)の中井芳彦。漫画原作のドラマを“マンガチック”(死語)に仕立ててしまうことなく、ドラマらしいドラマを作れるプロデューサーと呼んでいいでしょう。

「凪」は、視聴率が全話平均で9・9%と、TBSの「金曜ドラマ」枠としてはギリギリ及第点というレベルだったけれど、Pの中井にとっても、脚本の大島にとっても、主演の黒木にとっても、“次”の作品への道が閉ざされず、首がつながる数字になって、よかったよかった。そんな具合に思える、珍しいドラマに出会えたから、まぁよしとしますかね、レーワ元年の夏シーズン。

 え? 「監察医 朝顔」だっていいドラマだったろ? 数字だってよかったぞ?

 医療モノで、警察モノで、父娘モノで、上野樹里(33)主演で、フジの「月9」で、その他いろいろ。そういう何でもありドラマの好調まで喜べるくらいなら、原辰徳の率いる巨人のリーグ優勝だって喜べるような、素直で無知(あるいは無恥)でお気楽で勝ち組気取りなニッポン人、やれてますって。

林操(はやし・みさお)
コラムニスト。1999~2009年に「新潮45」で、2000年から「週刊新潮」で、テレビ評「見ずにすませるワイドショー」を連載。テレビの凋落や芸能界の実態についての認知度上昇により使命は果たしたとしてセミリタイア中。

週刊新潮WEB取材班

2019年9月30日掲載

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