こういう高橋一生を一生観続けたい! 今期一番の高品質ドラマ「凪のお暇」

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 空気を読んで生きること。一緒にいたくない人と食べたくもないモノを食べたり、1ミリも共感できない話に「わかるぅ~」と相槌を打つ。NOと言えずに仕事を押し付けられ、傲慢な男の好みと欲望に合わせて心を摩耗。それでも主体的には動こうとせず、「でも」と否定から始めて好奇心や行動力に自らブレーキをかけ、空気を読み続けた結果、周囲から浮く。正直に言う。「うわぁ、面倒くせー!!」と思わず叫びたくなる女が主人公のドラマ「凪(なぎ)のお暇(いとま)」に夢中だ。原作の漫画は、慧眼の友人から薦められて読んでいた。すごく面白かった。既に妄想キャスティングすらしていたので、意表を突く配役に驚いた。あれ、イメージ違うなと。

 ところが初回から引き込まれた。「目指したのはここか!」と納得の高品質だったから。「空気」にまつわる演出も実にうまい。水中撮影で心情や過呼吸状態を表現した巧みさ、空気清浄機を小道具として使う技。同じTBSでも火曜枠の惨状がさらに悪目立ちするね。

 黒木華(はる)・高橋一生・中村倫也(ともや)の手練れ3人組が作りあげる世界は「空気を読むことは常識?」という大テーマはもちろんのこと、恋愛の浅はかさとみっともなさといとおしさをこれでもかと追求。主演の黒木はキョトン顔が多少イラっとするも、主人公の疲弊・辟易・開眼をふんわり、でも的確に表現。モジャモジャ頭が可愛らしくて触れたくなる。

 ここ最近、作品に恵まれなかった高橋も久々に復活した印象。こういう高橋を一生観続けたいのよと膝を打つ。黒木の元彼役で、傲慢の裏には繊細、モラハラの陰には純情。これはこれで面倒くさい男だ。さらには自由なパリピ、メンヘラ製造機と呼ばれる中村も、ゆるふわ床上手のくせに恋は未経験という、なかなかに厄介な男。この3人のくんずほぐれつ恋模様が、楽しくて切なくて仕方ない。

 黒木が空気を読む生活に疲れ、すべてを捨てて逃げ込んだ先はボロアパート。そこには、床上手中村の他にも、決して裕福ではないが幸せの質量を知っている母娘(吉田羊と白鳥玉季)や、映画大好き・節約婆の三田佳子もいる。近所には、東大卒でも就職で躓(つまず)いてしまった市川実日子(みかこ)もいる。黒木は隣人たちと相互扶助の関係を築き、NOと断る勇気や自分を主語にして生きていく喜びを得て、人生の「お暇」を満喫していく。

 悟って穏やかに見えても、皆が皆、順風満帆に生きているわけではない。登場人物全員の背景をもっと知りたくなる、そんなドラマに仕上がっている。黒木をいじめていた同僚の瀧内公美(くみ)も相当な意地悪女だが、たぶん彼女の主語も自分ではない不幸が匂ってくるし。

 しかし、主語が「世間体」「親」「家族」で生きている人が、世の中には想像以上に多いのね。息苦しさを日々味わっている人がこのドラマを見守っていると思うと、なんか、この国の病は根深いなと思う。同調圧力に屈して闇を抱えるって不健全。空気を読まなくても読み過ぎても浮く社会が不健全だ。まずは不要な人間関係の断捨離を。それが裏テーマか。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年9月19日号掲載

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