香港デモ「中国」武力鎮圧「これだけの可能性」

国際Foresight 2019年9月11日掲載

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 習近平政権は10月1日(中国の国慶節)の建国70周年を最重視している。香港情勢はその前後、どう変わっていくのだろうか。

 本稿の趣旨は、今後、香港の反政府デモの情勢次第で中国共産党が「武装力量」(中国の憲法および国防法によって規定されている武装組織を包括した呼び方。人民解放軍、人民武装警察部隊、民兵を指す)を香港に投入するか否かの分析である。複数の中国筋の指摘、今の習近平政権と1989年の天安門事件当時の政権との比較、武装力量を投入する条件などについて考察しようと思う。

 香港政府が「逃亡犯条例」改正案を撤回した。メンツを重んじる北京にとっては異例の判断であるとされ(筆者の見解はやや異なるが)、「香港での過激な反政府行動は下火になっていくのではないか。散発的に過激な破壊行動があっても、まさか中国軍を『国際金融都市』香港に展開するという、中国の国際関係にダメージを与えるリスクの大きい手段を北京がとることはないだろう」との見方が多いのではないか。

 しかし、中国筋の見解は全く異なっており、筆者の結論は、「爆破事件」、「公共施設に対する持続的破壊行為」などがあれば、中国共産党中央が中央軍事委員会傘下の人民武装警察部隊(武警)などを香港に展開する口実となり、その可能性は十分にあると考える。少なくとも50%以上の確率で。

しかし、仮に実行してもその試みは結果的に政治的に失敗とみられてしまうだろう。

天安門事件の生々しい記憶

 天安門事件は筆者にとって忘れられない。1989年4月、「民主化の星」と呼ばれた前総書記(当時)の胡耀邦を追悼するため、天安門広場の英雄記念碑に1人の学生がよじ登って花輪をかけた瞬間を、モノトーンで記憶している。

 その時から反政府デモ、ハンガーストライキ、戒厳令、催涙弾による威嚇、軍部隊による鎮圧、その後の政府の動きを追いかけ、かけずり回っていた。ほとんどの学生リーダーにインタビューもした。新聞社の通訳、情報収集担当としての活動だった。当時の写真は白黒で数千枚はあろうか。

 連続した自動小銃の発砲音とともに夜空を曳光弾が突き抜けていく。6月4日未明、装甲車や戦車が通り過ぎた長安街には、市民に殺害された兵士が黒焦げで残され、取り巻いた男女の市民が唾をかけていた。紐を首にかけられ歩道橋から吊るされたままの兵士の遺体もあった。

 天安門広場では、軍部隊が学生の寝泊まりしていたテントなどを燃やし、その炎が無数の兵士の動く様や戦車を照らしていた。その光景を写真に撮ろうとした時、まだ幼い顔をした十代の兵士に自動小銃の銃口を頭に突きつけられた。

現在の香港を、「天安門事件の再現か」という向きがあるが、筆者が見たこの光景が香港で再現するとは想像していない。

 しかし、新聞社の常駐特派員だった時に取材した新疆ウイグル自治区やチベット自治区、四川大地震やチベット族による四川省などでの抗議行動を抑え込んだような部隊展開は、場合によってはあるだろう。いずれも数万人単位で武装警察部隊が投入され、反政府の動きを封じ込めたり、武力鎮圧した。治安を維持するため、「武装した警察」を「国内」に投入するのは「内政問題」である、という基本的立場をとる北京にとって、部隊展開へのハードルは外国人が考えているより低い。

 武装警察部隊の歴史や構成は省くが、2018年から中央軍事委員会の指揮系統に組み入れられたとされる。「警察」と名前がつくが、身分は「軍人」であり、軍階級もある。主に国内治安対策を担っている。

とりわけ、テロ対策部隊「雪豹突撃隊」の名は有名だ。日本の尖閣諸島周辺や南シナ海での中国漁船には、海軍や海警部隊との連携で武装警察部隊員が乗り込んでいることもあるとされる。

「内外の敵」への恐怖

 天安門事件直後に開かれた中国共産党中央政治局拡大会議などでの発言を記録した『最後の秘密』(2019年5月、新世紀出版社)は、元高官を含む最高指導者層の発言を記録した歴史的資料だ。この当時の共産党指導者層がどう事件に対処したのかを知ることができる。

 同書は、香港を訪れた大陸の若者も買うようだが、同書やこれまで公になっている資料や文献、事件前後の当時の新聞で示されてきた党の見解なども含めると、「内外の敵」の陰謀に固執する最高指導者層の様子がよくわかる。

 例えば、

〈外国の敵対勢力と共謀しブルジョア的自由化を進めようとするごく小規模な集団が存在した。彼らは憲法を改正し、4つの基本原則を破壊し、中国の基盤を解体することを企み、米国的三権分立の確立を目論んでいた〉(八大元老の1人で元全国人民代表大会常務委員長の彭真)

〈(デモが)反革命的反乱に進んだ騒乱は内外の反革命的勢力が共謀した結果だ。中国共産党の指導を倒し、社会主義の中国を倒し、西側に完全に隷属するブルジョア共和国を建設する野蛮な計画に根ざした〉(人民解放軍元帥だった徐向前)などだ。

 明確なのは、北京の指導者層が、中国共産党が「内外の敵」によって転覆させられようとしたという、日本を含めたいわゆる西側の人間からは想像もつかないような考え方で覆われていた、という点である。天安門広場を学生らが覆いつくし、部隊の北京市進入が市民に阻まれるなど事件直前の動きを振り返れば、当然といえば当然である。

 そして、「内外の敵」を放置すれば中国共産党の基盤が大きく揺らぎ敗北する、これを防ぐには経済よりも党の統治と党内分裂の回避、イデオロギーと社会の安定が優先されるという指導者層の判断が、武力弾圧の結果を生んだ。

 これ以上は、当時の保守派と改革派のせめぎあいや天安門事件後の政治方針には触れないが、こうした当時の指導者層と現在の習近平政権の思想・方針は、明らかに共通している。

「思想」を受け継ぐ習近平

 香港の林鄭月娥行政長官が「逃亡犯条例」改正案の撤回を表明したのが9月4日。その前日、習近平総書記(中国国家主席)は幹部教育機関の中央党学校で演説し、香港問題などを指摘した上で、中国共産党の指導を守るため闘争能力を高めて全力で闘わなくてはならないと強調している。

 中国共産党は香港問題で、背後には「黒手」(米国による陰謀)がいると表明してきた。8月15日の共産党機関紙『人民日報」の1面論評は、その思想の代表作だろう。香港問題には「内外の敵」が存在しており、弱腰の対処でこれを放置すれば党の内部分裂を誘発し、社会が不安定化する、というのである。

 習近平政権はこれまで、全国で「反腐敗闘争」を展開することで反対派をパージし、軍を含めた党内を恐怖で押さえ込んできた。忠誠心のある友人や同窓、赴任した出身地での人脈で政権を固め、自らを「核心」と位置づけることに成功した。「習近平の新時代思想」を党規約に盛り込み、憲法改正で国家主席の任期制限も撤廃した。

 最近は「人民の領袖は人民を愛す」(『人民日報』8月25日付1面トップ)で示されたように、再び自らを「人民の領袖」と位置づけるキャンペーンが行われている。過去、「人民の領袖」と呼ばれたのは、建国の父・毛沢東(「偉大な領袖」とも呼ばれた)だけだ。『人民日報』の報道は、元老や指導者層が集まる夏の「北戴河」会議の後であり、会議で一定レベルの「同意」を経たのであろう。

 習近平政権に対し、「新しい形態の個人崇拝だ」(米国の華字メディアでの評論)と批判する勢力は、党内外に存在する。彼らは習近平政権による監視・摘発、画一的な言論統制を批判し、面従腹背で抵抗したりしている。政権は米中対立で「愛国心」に訴え、「団結」「持久戦」を訴えているが、「人工知能の時代にそぐわないスローガンと忠誠を求められることにはうんざり」(北京市の一般人)といった不満が、経済的要因でいつ何時爆発するかわからないのが現状ともいえる。

 簡単にいえば、天安門事件当時の指導者層は、事件後もブルジョア的自由化の思想を根絶できず思想の闘いが続くと考えていたわけだが、それが今の習近平政権の思想・方針につながり、受け継がれているということなのだ。

「リスク」より「教訓」

 今後、武装警察部隊にせよ、軍部隊にせよ、「武装力量」を香港に展開するかどうかは、香港の状況が収拾できない事態がどこまで続くのかによる。

 指導者が明確でない香港のデモの規模がどの程度となるのか、それが持続されるのか、デモ隊の中の過激分子が再び破壊行動を行うのか、それは散発的な動きか否か、死者は出るのか、爆破事件(誰が起こしたかは問わない)は発生するのか、公共機関に対する破壊行為の動向はどうなのか、といった点がポイントとなる。

 習近平総書記にとって、「逃亡犯条例」改正案の撤回という「(党中央にとって)最大の誠意」(党中央政法委員会)をみせたにもかかわらず、香港情勢の悪化や反政府行動の長期化は、武装力量の介入の正当な理由、口実となる。

 ただそこには当然、天安門事件での弾圧後に起きたような、中国を取り巻く国際関係の悪化、外資の脱出、制裁、香港の金融市場としての地位低下など、さまざまな政治・経済的リスクがある。

『人民日報』傘下の国際情報紙『環球時報』でさえ、こうしたリスクや、部隊展開によるデモ隊らとの物理的衝突がかえって政治的統制を取り戻すことを困難にする、との懸念を踏まえて反対の立場をみせている。

 しかし、複数の中国筋は、「香港か経済か? どちらかの選択ならば当然、香港だ」「武装警察部隊の大量配備で火器を使用しない形で、デモやテロ分子を死者を出さずに抑え込むことは能力的に可能だ」と指摘する。

 彼らの指摘を抜粋するとこうだ。

「テロ事件が起こるかもしれない。爆破事件や中国共産党中央に対する攻撃とみなす事件などだ。政権の統治能力が内外で疑われる事態と判断され、武警を投入するだろう」

「(天安門事件当時と異なるのは)1つは中国市場を世界は捨てられないということ。(武装力量が介入しても)火器による制圧でなければ、外国はどこまでの対中制裁ができるのか? 米国の秩序が揺らぐ中で中国は台頭していく。この流れは変わらない。日本や欧州の企業マインドは一時的に揺らいでも、中国市場に帰ってくる。米国企業も同じだ」

「武装警察部隊を香港に展開したとして、日本はどこまで実質的な対中制裁ができるのか、逆に問いたい。中国は米国からの圧力を動力に変える能力がある。経済的な中国の力量、技術レベルの向上、軍事的力量をあなたはよくわかっているはずだ。改めて指摘する必要はないだろう。世界の国々が、米国がどこまで頼れる存在なのか皆、わかってきただろう。香港経済界も世界各国もどこまで中国経済と離れることができるというのか」

「米国との対立も、大統領選を前に早期に成果を示したいのは選挙を抱えるトランプ(米大統領)の方だ。中国も大きな影響を受け、米経済もダメージを受けている。しかし長期戦となればこちらに有利。香港に(部隊が)介入してもこれは完全な『内政問題』である」

 こうした指摘からうかがえるのは、香港の不安定をコントロールできないという、習近平政権に対する批判の高まりや権威低下の事態を避けることの方が、国際関係の政治的、経済的リスク、損失よりも重視されているということである。習近平総書記自身、かつてのソ連崩壊、ミハイル・ゴルバチョフ書記長(当時)のように政治的締め付けを緩めたことで結果がどうなったかという“教訓”を、胸に刻んでいるはずだ。

デモ隊は「水の如く」で再発も

 習近平政権は、香港のデモ隊が要求する「5大要求」の残り4点――「デモを『暴動』とする見解の撤回」「警察の暴力的制圧に関する責任追及と独立調査委員会の設置」「デモ参加者の逮捕・起訴の終止」「民主的選挙の実現」について、一部それなりの譲歩(アメ)をするかもしれない。香港に指示を与えるかのような動きをみせる国家副主席の王岐山、副首相の韓正の動向が注目される。

“アメ”を与える一方で習近平政権は、部隊介入の前にコストをかけない手法を強化したり、新たな手法を模索することで沈静化を試みるようだ。

 まず、香港市民の「厭戦感情」を広げる情報工作を行うことが考えられよう。具体的には、香港警察による「力による抑え込み」と「過激分子への処罰」の継続、「デモの非合法化の継続」、香港経済界、行政・司法機関、大学など教育機関などに対する「警告、締め付け」を強化することなどが挙げられる。

 また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の「監視・統制」、「情報操作」、香港に配置している数万人とも推定される情報・治安工作要員による「反政府分子、過激分子の拘束」だ。

 一般のデモ参加者と過激分子を区別し、過激分子に「厳罰」を与える一方で、一般参加者には所属する機関・団体に対しデモ参加を容認した場合の「ペナルティ」を明確にするなどの動きも強化するだろう。

 北京が考えているのは、こうした「政治的努力」(中国筋の表現)を経てもデモや過激行為が長引いた場合の、部隊投入のタイミングとその装備の見極め、展開の手法である。

 しかし中国筋が指摘するように、コストをかけて武装警察を大量展開させ、力で抑え込んでデモや過激行為が静まっても、部隊展開はいつまで続けることになるのだろうか。部隊が撤退した時点で、恐らく再び反政府行動が起きるだろう。

 それは、デモ隊が「水の如くとなれ」という表現で運動の方針を示していることからも考えられる。SNSではその意味を、「雫」のように集まり、「水」のように散らばり、「氷」のように強く対処し、「霧」のように散れ――と説明しており、明確なリーダーのいない形態での運動は、いつでも拡散する。香港警察の力だけでは抑え込めないことは明白である。SNSの閉鎖、妨害なくして警察力だけでは難しいだろう。

「国際金融都市」としての地位が下がった上、再び反政府運動が起こり、仮にそれが本土に波及(いわゆる「カラー革命の中国版」)すれば、それは習近平政権の香港政策の失敗が別の形で露呈し、その権威が失墜することになる。大失敗との烙印を内外から押されることにもなりかねない。

 部隊投入という強硬策のハードルは低いと考えている中国筋だが、その点についての答えだけはさほど明確に見通せていない。(敬称略)

野口東秀
中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。