うつ病、自殺未遂、生活保護をサバイブした女性がそれでも「男がいないと一人で生きていけない」現実

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彼氏と別れたら訪問販売が激化

 別れてからは凪のような日々が訪れた。私は一人になって清々しかった。

 しかし、男性の出入りがなくなった私のアパートは訪問販売の格好のマトになった。家にいる時に、何回もインターホンが鳴る。誰かが来る用事もなく、何かを注文もしていない。覗き窓からドアの外を見ると、私服の知らない男が立っている。私は息を潜めて男が帰るのを待った。

 しばらくして、訪問販売は激化し、ひどい時にはドアを蹴られ、怒鳴られた。私は頻繁に警察を呼ぶようになった。この社会では男の人がいないと女は一人で生きていけないのだと悟った瞬間だった。

 その後、何人かの男性と付き合ったが、うまくいかず、40歳を過ぎても独身のままだ。

 アパートの鍵を開け、家に入る。何年も「ただいま」「おかえり」を言っていない。「おはよう」も「おやすみ」も無い。結婚している友達は独身の私が羨ましいと言う。本当にこんな寂しい生活が羨ましいのだろうか。

 キッチンで冷蔵庫から食材を取り出す。野菜を刻み、フライパンに油を引く。豚コマをフライパンに入れるとジュウという音がして、赤い肉が肌色になる。切ったニンニクの芽、洗ったもやしを入れて軽く炒め、焼肉のたれを入れる。夕食はあっという間に出来上がった。ストロングゼロの缶を開け、勢いよく飲み干す。

「死にたい、死にたい、死にたい」

 思わず声に出してしまう。涙が滲んでくる。私は自分の意思に反するように、肉を口に放り込む。泣きながら咀嚼し、アルコールを飲み干す。私は惨めだ。

 テレビをつけてニュースを確認する。テレビの上には大好きなアニメに出てくるキャラクターのぬいぐるみが飾ってある。ピンク色のユニコーンを模したそれは静かに笑って空を見つめている。思えば、ここ数年でぬいぐるみが随分増えた。ケアベアが数体、お腹を押すと鳴くネコ。魔法少女のアニメのマスコットキャラ。柔らかくて可愛い姿形をした彼らは私のそばから決して去ることがない。生きていないのだから当たり前だ。

 私は結局、生きている人たちと仲良くやることができない人間なんだと思い知る。片思いの相手に振られたり、告白してきた男と付き合ったら暴力を振るわれたり。一人でいるのが嫌だ。でも、私を欲してくれる人は世界のどこにもいない。その真実が両肩の上に重くのしかかる。

 目をつぶってストロングゼロを飲み干す。台所の脇にはたくさんの缶チューハイの空き缶が袋に投げ込まれている。私の悲しさと侘しさを表す空き缶たちがひっそりと息を殺して私を見ていた。「僕たちだけはあなたを見放さないよ」。

 空き缶たちに言われた気がした。

小林エリコ(こばやし・えりこ)
1977年生まれ。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在は通院を続けながら、NPO法人で事務員として働く。ミニコミ紙「精神病新聞」を発行するほか、漫画家としても活動。著書に『この地獄を生きるのだ』(イースト・プレス)『わたしはなにも悪くない』(晶文社)がある。『家族劇場』(大和書房WEB)『わたしがフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社スクラップブック)を連載中。

2019年9月5日掲載

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