「鈴木大地」スポーツ庁長官に訊く 高校野球が抱える深刻な問題点

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野球界の変わらない弊害

小林:高校野球はいまだに、転校したらイジメなどが認定されないかぎり、1年間大会に出場できません。希望に燃えて高校に入ってみたら、チームや学校が自分に合わない、監督の指導もしっくり来ない、それでも転校という選択はしにくい。引き抜き防止を目的にできた規定のようですが、これは考え直すべきではないでしょうか。だけど、大手のメディアも、ほとんど問題提起しません。たいていの競技はそのスポーツを統括する組織を持っているから、こうした問題を改善する仕組みがあります。野球界は組織が別々なので、こうした課題が黙殺され、変わらない弊害があります。

鈴木:そこは我々も問題意識を持っています。野球について調べて驚いたのは、団体が100くらいある。どこに何を言っていいかわからないくらい、たくさんある。誰と話したらいいのかわからない(笑い)。

小林:例えばサッカーは、プロもアマもすべて日本サッカー協会の傘の下にある。野球は、プロとアマは別だし、小中学校と高校野球も団体が別。中学野球だけ見ても、軟式と硬式の組織は違うし、硬式の中にもボーイズとリトルシニア、ポニー、ヤングなど複数あります。プロ野球にしても、12球団それぞれが独立した会社で、NPB全体で経営方針を決める組織になっていません。ここを改革する時期に来ていると思いますが、リーダーシップを執る人や組織がないため、まったく前進しません。

鈴木:そうですね。野球は全体を統括する組織がないんです。

小林:高校野球は、いまでも入場料収入を得ています。高校野球をプロ化するという意味ではなくて、資金を集める力のある部門が収入を得て、少年野球の普及とか環境づくりに、その収益を充てるのは大切だと思いませんか。

鈴木:高校野球でお金を集めると言うと抵抗があるだろうけど、そういう発想はあっていいと思います。

小林:例えば、JリーグはDAZN(ダ・ゾーン)と10年間で約2100億円の契約をした。高校野球も甲子園はもちろん地方大会全試合を含めてコンテンツの価値はある。これをどこかと契約すれば、全国に「キャッチボールや草野球のできる公園」を作る資金を確保できるしょう。いま高校野球は高野連、子どもは子ども、プロはプロと分かれているから、そういう横断的な施策やアイディアは生まれません。誰が野球の普及を受け持っているのかも曖昧です。野球界全体がひとつになるために、スポーツ庁が主導して組織改革を進める意向はありますか?

鈴木:そこまで権限はありませんが、我々が言わないと始まらないので、まずは一石を投じているところです。

小林:日刊スポーツのインタビューで、スポーツのシーズン制も提案しておられました。子どもたちがひとつのスポーツだけでなく、3つ4つの競技を経験する習慣を日本でも当たり前にするのはいいなあと思います。

鈴木:日本では、ひとつの部活をやり続けるのがいいという考えがほとんどです。もちろん、それも間違いではないけれど、もっといろいろなスポーツにチャレンジする環境があったほうがいいと思います。そうすればオーバーユースを防ぐこともできる。ひとりが3種目、4種目を楽しんでくれたら、スポーツ産業だって活性化する。いいことだらけです。

小林:日本では、野球を始めたらずっと野球、他の種目を試す機会もほとんどありませんでした。私も中学野球(リトルシニア)の監督をやってみて、野球に囲い込みたがる監督たちの気持ちがわかりました。野球以外のスポーツを経験すると、そちらが面白くなって、野球を辞めたいという子どもが実際出てくるからです(苦笑)。

鈴木:自分の才能がどこにあるかわからない。我々はいま「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト(通称:J-STARプロジェクト)」というアスリート発掘事業を始めています。「向いている競技にチャレンジしましょう」という提案です。夏のオリンピック競技だけで30以上あるわけです。やたら肩の強い人がいたら、やり投げをやってくださいよ、ハンドボールだってある。みなさんの可能性というのは非常に高いし広い。野球で補欠だったら、他の競技を試してみよう。高校生のとき選手になれなくても、次の世代でなれるかもしれない。高校生で完結じゃない。自分の可能性を低く見積もらないでください。そういうメッセージです。

小林:もう31年前ですか、まだソウル五輪で金メダルを獲る半年くらい前に鈴木大地選手のインタビューをさせてもらったとき、「なぜ水泳をするのか? なぜ金メダルを獲りたいのか?」と聞いたら、「それが僕の自己表現だから」と、まだ20歳くらいの大地選手がサラッと言った。その言葉に身体が震え、心が熱くなりました。ところがいまスポーツは、東京五輪が近づいているためか「勝つこと」ばかりに意識が集中して、「スポーツは芸術だ」という重要な魅力を忘れがち。それがすごく残念です。

鈴木:本来は「自己表現」という部分に眼を向けてほしいと思いますけど、どうしても、メダルに関心が集まって、第一目標になっている選手も多いでしょうね。

小林:金メダルを獲る選手は感性が豊かで、ただ勝負に執着していたら勝てないのではないかと思います。まあそれは選手より、報道する我々にも問題があるでしょうが。

鈴木:実際、楽しんだ者が勝ちだし。スポーツとはいえ、心の勝負、感性の勝負なんですよ。スポーツには、自分自身で考えて、クリエイティビティーを発揮する面白さがある。

小林:高校野球でいえば、選手の主体性より、やらされる感じが強いところに根本的な課題があるかもしれません。

鈴木:高校野球も「クリエイティビティー」を発揮してもらえる環境になったらいいですね。あとはやはり、ケガ、故障、これがやっぱり心が痛いわけです。我々は競技スポーツだけでなく、生涯にわたってスポーツを楽しんでもらえる社会が望ましいと思っている。「スポーツ・イン・ライフ(Sport in Life)」と言っていますけど、高校だけでスポーツが終わっちゃうような、そういう社会はそろそろ終わりにしたい。高校野球が終わったら「もう投げられません」「きつかったからもう野球はやりたくない」、そういうあり方は問題かなと思っています。肘が痛い、肩が痛い、だから自分の子どもとキャッチボールもできない。それはスポーツから遠ざかる要因にもなります。

小林:野球の各組織はそれぞれ努力されているのでしょうが、今日お話を伺って改めて、野球全体を統括する組織の必要性と、全体を見すえてビジョンを作り実行するリーダーシップがないと、野球界は変わらないという実感を強くしました。ありがとうございました。

小林信也(こばやし・のぶや)
スポーツライター。1956年、新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶応大学法学部卒。雑誌「ポパイ」や「ナンバー」編集部を経て独立。中学硬式野球チーム「東京武蔵野シニア」の監督も務めた。『高校野球が危ない!』(草思社)、『「野球」の真髄』 なぜこのゲームに魅せられるのか』(集英社新書)など著書多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月31日掲載

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