若手に贈る「中高年克服法」

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 藤田ニコル、みちょぱといった、「一見おバカ」なタレントがテレビで活躍している理由はルックスだけではなく、「人に強い」点が挙げられるだろう。先輩や年長者に対しても臆することなく、しかしギリギリ失礼にならない態度で接する。相手も悪い気がしない。このあたりのコミュニケーション能力の高さは、なかなか真似できるものではないだろう。

 同年代とはフランクに話すことができるのに、相手が年配者になると困ってしまう。そんな人は珍しくない。

 ではどうすればいいのか。フリーアナウンサーで「しゃべりのプロ」梶原しげるさんの『ひっかかる日本語』から対策を紹介してみよう(以下、同書より引用)

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「中高年の男性のお客さんを前にすると怒られそうで、うまく接客できない」

 こういう20代のスタッフが最近増えて困っていると、旅行代理店勤務の50代の友人が嘆いていた。

 こういう話を頻繁に耳にするようになった背景には、二つの流れが考えられる。一つは若者が「打たれ弱く」なっていること。そしてもう一つは中高年マーケットの活発化。

 ラジオでご一緒した某マーケティング専門家はこんな予測を述べていた。

「今の若者は堅実でものを消費することにあまり積極的とは言えない。定年世代に限らず40代半ばぐらいから上は、バブル時代を経験し『ものを買うことの魔力』にとりつかれたことのある世代。売り手からすると魅力的な市場です。本格的にマーケットが動き出すのが、まさにこれからですよ。大チャンス到来です!」

 話半分にしても、中高年にバンバン金を遣ってもらおうと考える企業からすれば、若者の苦手意識は困ったもの。さて、ではどうすればいいのか。

 流通専門誌「激流」には、「消費人口急増! シニアマーケットの正体」という特集が掲載されていた(2011年7月号)。この特集のまとめに、重要なコメントがあった。

「キーワードは納得性とコミュニケーション」

 消費の中心になる人たちはお金に余裕があり、時間もあるが、実は納得のいく接客でアプローチしないとついてきてくれませんよ、という警告を発しているのだ。

 ここからが「オヤジが怖い若者」問題の本論だ。厳しい就職戦線を勝ち抜いてきた、極めて優秀な若者が、大事なお客様を前に「怖い」と震えている。彼らは「納得性とコミュニケーション」という、この時代に最も求められているミッションをクリアできずにもだえているという。

 取材してみると、若い接客業の人達の声には確かに悲痛なものがあった。

「商品の内容、顧客メリットなどしっかり把握したうえで、接客しようと意気込んで臨むのに、商品説明以前の段階で『なんだこの小僧』という表情でにらまれ、その後説明がボロボロになり、商品販売には結びつかなかった」(銀行窓口・男性・26歳)

「会社一押しの商品を説明しかけたところで、不愉快そうな顔でその場を立ち去られた」(旅行代理店窓口・女性・22歳)

「『お客様ならご存じかと思いますが』とヨイショしたつもりが『ご存じじゃなければいけませんか!?』と、ねちねちいじめられた」(証券会社・男性・24歳)

「研修で教えられた通りに熱心にお勧めしたら、いきなり説教された」(住宅関連・女性・28歳)

「お客様が笑ったから調子を合わせて笑ったら『何がおかしい!』と激怒された」(クレジットカード会社・女性・27歳)

 こういう体験は、彼らにとってはPTSD(心的外傷後ストレス障害)のようなもので、同じ年格好の「オヤジ」「おばさん」を見ると「予期不安」が募ってくる、というケースさえあった。そこまで酷いのはともかく「中高年の客は苦手」と思っている若者が少なくないという印象を受けた。

 彼らの恐怖心は理解できるけれども、こんな風に「腰の引けた営業」をされたら会社としては困った話で、私の友人達が嘆くのも、もっともである。真面目だが、人間観察が下手、対人関係が希薄で、傷つきやすい若者をどう教育したらいいのか?

「THE21」(2011年7月号)の特集「大調査! 売れ続ける『営業術』」の中でABCマートの現場責任者である佐々木秀明さんが「売ろうとすると、かえって買ってもらえない」という話をしている。

「それ、お似合いですね。よかったら、サイズを出しますので履いてみてください」

 靴屋さんではおなじみのこのコメントは禁句だと佐々木さんは言う。店に入って漠然と物色している客に、即こういう言葉をかけると「いや結構」と言われる確率が高いという。なぜか?

 客の立場に立ってみればわかる。私にも覚えがある。

「店に来たからには買って帰ってくださいね。逃がしませんよ」

 そんな無言のプレッシャーは誰だって嫌だ。

 では、どうすれば客に嫌われずにすむのか? 佐々木さんはこんなやり方を勧めていた。

 まず、いきなり声をかけずにお客様をじっくり観察する。どんな商品を手に取っているのか。今履いている靴や着ている服から目指すファッションに探りを入れる。靴のサイズは見た目で判断する。こうした情報を、さりげなく収集したうえで、ある程度時間が経ってから、情報を元にさりげなく言葉をかける。

 たとえば「黒い靴をお探しですか?」「ランニングシューズをお探しですか?」という具合。ここから自然な会話が始まれば結果的に商売に結びつくのだそうだ。

 黒い靴をさがしている客に「黒い靴をお探しですか?」、ランニングシューズをさがしている客に「ランニングシューズをお探しですか?」……随分芸が無いようにも思えるかもしれない。

「そんなベタなやりとりでいいんですか?」と真面目な若い人は疑うかもしれない。しかし、私は素晴らしい応対だと思う。この言葉は、相手を観察しているからこそ口にできる。

 相手の迷う気持ちに共感しながら発する「さりげなさ」もポイントだ。相手の心が開き始めたことを実感したら、観察から得たデータを元に会話を徐々に深めていく。雑談をスタートさせるコツは、互いが共通に感じたり目にしたりするものを話題にするのがいい。「暑いですね」「渋谷は今日もにぎやかですね」「お出かけですか?」

 夏が暑いのは当たり前だし、繁華街が静まりかえっていたら恐ろしい。どこかに出かけるからそれなりの格好で玄関をでたのだ。

 それでも、ある種の女優さんでもない限り、「別に」と言われたり、あえて反論されたりすることはまずない。当たり前すぎて意味のない声がけこそが、相手にプレッシャーを与えない会話の入り口にふさわしいと体験上知っているから、みんな当たり前のことを口にする。

 抵抗感の少ない言葉がけに気色ばむ人はまずいない。こういう言葉で客の出方を待つ間が大事なのだ。そして穏やかな表情でお客様の反応を待つ。手応えを感じ取れたところで、必要な商品説明を雑談のように話す。

「お客様との和やかな立ち話を目指せ」が佐々木さんの職場の合言葉だそうだ。店内のあちこちで、笑顔の雑談が展開されている店なら、客は「買わされるんじゃないか」「丸め込まれるんじゃないか」「買わないと気まずいんじゃないか」という「押しつけがましさ」を感じなくてすむ。名言だ、と感心した。

 ここで佐々木さんは、中高年を意識して語っているわけではないが、「中高年が怖い」という若い人はとりわけ耳を傾けるに値する言葉だと思う。

「相手の話に耳を傾け、しっかり観察し、感情を汲み取り、誠実に対応する。成果をあせらない」

 何のことはない。コミュニケーションの基本に忠実であれば、中高年恐怖症など患うこともない。

デイリー新潮編集部

2019年8月19日掲載

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