嵐のメンバーに学ぶコミュニケーション力 松本潤さんの観察力 大野智さんの配慮

芸能

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 5年連続での紅白歌合戦の司会が決まった「嵐」。フリーアナウンサーで東京成徳大学客員教授(心理学)の梶原しげるさんは、新著『会話のきっかけ』の中で、彼らの人気の秘密の一つは、秀逸な「観察するコミュニケーション力」ではないか、と分析している。以下、その部分を引用してみよう。

■松本潤さんの観察力

 某番組の司会者が「『陽だまりの彼女』で初共演した女優の上野樹里さんとはうまくコミュニケーションはとれましたか?」というふうに松本潤さんに尋ねた。松本さんはいつも通り慎重に言葉を選びながらこんな風に答えていた。

「僕は人見知りですが、彼女もそういうタイプだと思いました。だから、無理に、二人で直接言葉を交わしたり、コミュニケーションを密にしようとしたりはしませんでした。監督さんやスタッフの皆さんと我々出演者が一緒に話す機会がしばしばありましたから、そこで彼女がどういう風に発言するのか、どんな様子で人の話を聞くのか。そういう所から、彼女の持っている感性や魅力を十分に感じ取ることができました」

 対面で、濃密な言語のやり取りを行うことは他者を理解するうえで大きな力を発揮する。しかし「間接的に話しぶりや仕草を観察する」ことも大変有益で、立派なコミュニケーションだと、松本さんが改めて教えてくれた気がした。

 松本さんの「観察コミュニケーション」の秀逸さはこんな言葉にも現れている。

「コンサートで僕たちメンバーは、お客様にメッセージを伝えようというより、お客様それぞれがメッセージを発する場を提供できれば良いと考えています」

「僕らのパフォーマンスに共感して下さることがあるとすれば、その時、それぞれの方の脳裏には、僕らの歌やしゃべりから触発された、ご自分の経験とか思い出に関わるイメージが、ふわーっと浮かび上がったりするんじゃないかと思うんです」

「その瞬間の主人公は僕たちじゃなくて個々のお客様です。そういう場面をできるだけ多く作って、思いっきり輝いている人たちの顔が見たい」

 嵐の人気は、ファン一人一人の気持ちを汲み取ろうとするメンバー達の「観察コミュニケーション」に支えられているのかもしれない。

 そういえば、嵐のリーダー大野智さんの「観察コミュニケーション」に感動したことを思い出した。日本テレビの「24時間テレビ」でのことだ。この番組の司会も嵐。その一コーナーを大野さん自身が担当した。「被災地の空手少女が亡き母に誓う」という内容だった。

 岩手県釜石市。東日本大震災の津波でお母さんを亡くした小学6年生、11歳の少女は、悲しみを乗り越えようと幼稚園から続けている空手の稽古に打ち込んでいる。小学生「型」の部門で岩手県大会を勝ち上がった彼女は全国大会に進出を決め、天国の母に優勝旗を見せようと懸命の練習を続けていた。

■即座に反応した大野さんの自然な反応

 テレビは、少女の全国大会での戦いぶりを生中継するのだが、その事前取材に大野さんが釜石にでかけた様子をカメラに収めていた。なぜ大野さんがこのコーナーを担当したかと言えば、少女は「大野君」の大ファンだったからだ。

 その憧れの大野さんが突然我が家にやって来た。「えい! やあ!」と足を蹴り上げ、こぶしを突き上げる道着姿の凛々しい空手少女は一瞬にして小学6年生の女の子に戻り「え? え? え?」と驚き戸惑っている。

「こんばんは! 練習中ごめんなさい。初めまして、大野です」

 大野さんが握手しようと手を伸ばした。すると、少女は、道着で何度もごしごしと両の手のひらを拭き取る仕草を繰り返す。大好きな人に、練習で汗ばんだ手を差し出すことなどできないのが乙女心というものだろう。その様子を見て即座に反応した大野さん。

「あ、そうだ、僕も……」

 大野さんは、少女以上に懸命に手のひらをズボンにこすりつけつづけるのだ。そこでようやく彼女に笑顔が見えた。そしてふたりの握手……。

 私は感動した。大野さんの「観察コミュニケーション」と自然な反応に。

「君みたいな空手の名人と握手できるかと思うと、僕の手は緊張でびっしょり。迷惑かけるのは僕のほうだ」と言わんばかりに、ごく自然にゴシゴシと手汗を拭ってみせた大野さん。「相手に気を使わせない」「恥をかかせない」という瞬時の配慮。あっぱれだ。

■3坪で1日80万円を売り上げる達人

 と、ここで終わると、単なる嵐オタクだと思われかねない。私がここで伝えたいのは「観察コミュニケーション」の重要性だ。

 何も「嵐」に限らない。我々の周りには日常的に「観察コミュニケーション」を見事に使いこなしている人たちがいる。

 デパ地下のわずか3坪で1日80万円を売り上げる「とんかつまい泉」の山崎明希子さんが後輩育成の極意を、大筋、こんな風に述べている(「商業界」2013年10月号「売れる人の考え方と習慣」を参照しながら、梶原の解釈で書いた)。

通常、売る側の人は、「対お客」の姿勢ばかりに着目するが、山崎さんはそれでは足りない、と言う。

「新人には、お客様に対する態度よりも、むしろ周りのスタッフに対する目配り、心配りを指導します。例えば、新人がお客様から注文を頂戴した時、先輩が気を利かせてそっと紙袋を用意して手渡してくれた。その際、後輩が先輩に対し軽く頭を下げられるか? お客様への対応は日々慣れて来ますが、仲間に対する礼儀は気づかず、無造作に袋を受け取ったままというケースが多いものです。でもこれ、観察しているお客様からするとまずいですねえ」

 理由は、こういうことのようだ。

「お客様は店員さんの自分への態度と同時に、売る側、スタッフ同士の関係もしっかりチェックしていらっしゃる。仲間への心配りの仕草も観察しているものです。そこをおろそかにすると、気配りが行き届いた温かい売り場、という好ましいイメージを裏切ることになるおそれがあるのです」

 わずかな仕草が、インパクトあるネガティブなメッセージを伝えることになる。

「お客様の観察力を侮るな」――優秀な売り子さんは、ここまで気を配る「『観察コミュニケーション』のプロ」なのだ。

(以上『会話のきっかけ』から)

 たしかに、シェフが店員を怒鳴っているなど、人間関係の悪そうな店はあまり利用したくなくなるというもの。何となく感じのいい人というのは、その人が何かを発信する前の段階で、十分な観察力を発揮しているということなのかもしれない。

デイリー新潮編集部