老母の財産を弁護士が管理、生活費を1円も渡さず… トラブル続出の「成年後見制度」

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後見人の弁護士に取材すると…

 私は今年4月、千秋さん宅を訪問し、弘子さんと話した。弘子さんは、私にお茶やお菓子を出して勧めるなど甲斐甲斐しく立ち振る舞った。健康状態を尋ねると、「健康ですよ。(頭の横で右手をクルクル回しながら)ここ以外はね」と言って朗らかに笑った。

 近所に住む弘子さんの姉や千秋さんによると、施設にいた頃、弘子さんに表れていたとされる徘徊や不眠などの症状は転居後に消失したという。

「恐らく他人と施設で暮らすことが母にとって大きなストレスだったのでしょう。施設で飲まされ続けていた睡眠薬もまったく飲んでいません。いまは不穏な症状は消え、買い物に行って自分で精算できるし、部屋の掃除、洗濯も自分でこなします。食事の献立も自分で考えている。今年のゴールデンウィークに私の息子らとドライブに行きましたが、母は“こんなに楽しいのに、ボケてられないわね”と笑っていました」

 ただ短期記憶には難点がある。弘子さんは、後見人が自分の通帳を持っていることが納得できず、「返してほしい、私と縁を切って下さい」と後見人に毎日のように電話していた時期もあったという。

「通帳の現物が手元にあるだけで母は安心するので繰り返し返却をお願いし、家裁も“後見人の判断次第”と言っているのですが、後見人は頑として返さない。母と後見人との信頼関係は皆無です。私が母のお金を横領することを警戒しているのかもしれませんが、母に通帳を返しても、カードと印鑑は後見人が持っているのでお金を下ろせません」

 私が千秋さん宅を訪問したとき、千秋さん宅から後見人の事務所への電話は着信拒否になっていた。弘子さんからの電話が迷惑なのだろう。

 私は前の後見人の石川宏一朗、現在の桶川聡の両弁護士に質問書を送り、取材した。

 石川氏は、電話で「埼玉で不穏症状が消失したというが、埼玉でのことはわからない。その他は守秘義務があるので答えられない」と話し、木で鼻を括ったような対応だった。

 一方、桶川氏は文書で回答。それによると、弘子さんの認知症の程度については、今年4月、生活費がいくら必要かと弘子さんに聞いたところ、弘子さんが答えなかったことから「判断する能力が失われていると判断」したという。

 私は、桶川氏が指摘した4月の当日のやりとりの録音(弁護士に不信感を募らせた千秋さんが録音)を聞いたが、桶川氏の主張を裏付けるやりとりは確認できなかった。

 また桶川氏は「生活費足りないなどの発言は、ただの千秋氏の意思」と主張しているが、千秋さんは「そもそも今年4月まで1円も生活費が払われていない。支給された生活費がゼロなのに“足りない”と言うはずがない」とそんなやりとり自体を否定している。

 さらに桶川氏は、健康保険証の返却遅れについて、「(千秋さんが)勝手に本人を埼玉に連れてきた案件ですので、警戒は当然」と開き直り、質問書を送った私に対しても「成年被後見人に通帳を渡せないこと自体も知らないというのは信じられません」と批判した。

 前出の「後見の杜」の宮内代表が呆れ顔で語る。宮内氏は、東大の特任助教として、後見の教育や調査研究を担当していたこともある後見の専門家だ。

「被後見人に通帳を渡してはいけないというルールはありません。実際、本人に通帳を渡している後見人もいます。本人に通帳を渡した状態で、後見人がコントロールできればよいのです」

 後見人は認知症の人にとって“もう一人の自分”ともいうべき大事な存在だ。

「ところが弁護士、司法書士の後見人の中には“認知症の人には意思も判断力もない。話しても仕方がない”と言って本人と一度も会わず、話もしない人が珍しくない。端的に言うとバカにしているか、本音を引き出す能力がない。本人と会って話もしないで、後見人が務まるはずがないのです」(宮内氏)

長谷川学(はせがわ・まなぶ)
1956年兵庫県生まれ。早稲田大学教育学部卒。「週刊現代」記者を経てフリー。著書に『成年後見制度の闇』(宮内康二との共著)、『政治家の病気と死』など。

週刊新潮 2019年6月20日号掲載

特別読物「トラブル続出!『高齢者』を不幸にする『成年後見制度』」――長谷川学(ジャーナリスト)より

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