クモヒメバチの思うがままに巣を張り仕舞いには体液を吸い尽くされ殺されるクモの哀しい最期【えげつない寄生生物】

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ゴミを巣に吊るしているからゴミグモ

 今回、寄生蜂に寄生され、いいように操作されるのはゴミグモの一種「ギンメッキゴミグモ」という体長3ミリほどの小さなクモです。そして、その腹部はアルミ箔を貼ったかのように銀白色に輝いています。

 ゴミグモは自分の巣にゴミを吊るすことからその名が付けられました。ゴミグモは円形の巣の中央に食べかす、脱皮殻などのゴミを縦に並べます。そして、ゴミで自分の姿を隠すように、普段は巣の中心で脚を折り畳みじっとしています。

ゴミグモを見つけ出し卵を産み付ける

 そんな風にひっそりとゴミに身を隠しているゴミグモを見つけ出し、寄生するのはクモヒメバチです。その名の通り、クモだけに寄生するハチです。

 クモヒメバチはゴミグモの体の表面に卵を産み付けようと狙います。しかし、ゴミグモが暴れては、せっかくの卵が正確な場所に産み付けられません。そこで、クモヒメバチはゴミグモの一瞬の隙をついて、麻酔を注入します。そして、動けなくなったゴミグモにゆっくりと卵を1つだけ産み付けるのです。

寄生されても普段通りに生活する

 しばらくして、麻酔から覚めたゴミグモは、何事もなかったかのように今まで通り生活し始めます。毎日、巣の補修をして美しい完璧な形を保ち、巣にかかった虫などを捕食します。しかし、体表にはクモヒメバチの卵が付いています。

 数日するとハチの卵は孵化し、中からハチの幼虫が出てきます。そして、ハチの幼虫はクモの体表にしっかりとくっつき、外側からクモの体液を吸って育っていきます。毎日体液を吸われながらも、クモはこれまで通り生活しています。

 生きたままクモを利用する利点はいくつかあると考えられています。クモを殺さず、少しずつ体液を吸うことで、クモが生きている間、クモは外敵から自分の身を守りますから、クモにくっついているハチの幼虫も結果的に外敵から守られることになります。また、普段通りクモにエサを捕らせることにより、クモはハチの幼虫のエサである体液を維持することができるのです。

殺す直前にクモの巣を作り変えさせる

 このハチの幼虫はクモを最後まで生かすわけではありません。蛹になる前に、宿主であるクモの体液をすべて吸い尽くし、殺します。

 しかし、その前に宿主を操作して、クモの巣を作り変えさせるのです。ハチの幼虫は、殺す直前にクモの体内に何らかの物質を送り込みます。すると、クモはこれまでの捕虫のためのらせん状の繊細な巣から、細い糸を減らし、少ない本数の糸で中心を支える巣に作り変えていきます。しかも、その本数の減ったクモの糸には綿のような装飾がつけられているのです。

巣の形を操る理由

 成長したハチの幼虫は、なぜ、このような形にクモの巣を変えさせるのでしょう。もちろん、ハチが生き延びるために巣を変えさせるのです。

 成長したハチの幼虫は成虫になるために、まず蛹にならなければなりません。蛹の状態というのは動けず無防備で最も危険な状態です。ハチは、そんな無防備な状態でクモの糸の網の上で10日以上過ごさなければなりません。また、捕虫に特化した巣は非常に繊細で、風雨や飛翔生物によって簡単に巣の一部が壊れます。宿主であるクモが生きていれば壊れた巣を補修してくれますが、ハチは自分が動けなくなる蛹になる前には宿主を殺さなければなりません。巣の持ち主であるクモが死んでしまうと、誰も巣の補修をしなくなり、すぐに朽ちていきます。

 これらの問題を解決するため、ハチの幼虫はクモを殺す前に頑丈な網の巣に作り変えさせるのです。

 実際、神戸大の研究チームが操作された巣に使われている糸の強度を計測したところ、操作された網は、クモが脱皮に備えて張る「休息網」に比べて外周部で3倍以上、中央部で30倍以上の強度をもっていました。

クモの糸に付ける綿のような装飾のわけ

 宿主は操られると、頑丈な網を作り、さらに綿状の糸を直線糸に吹きつけて綿のような装飾をつけます。この装飾にも重要な役割があります。この装飾によって紫外線をはね返していたのです。紫外線は人には見えませんが、鳥や昆虫にはよく見えています。つまり、この装飾は、飛んでいる鳥や昆虫が誤って巣にぶつかることがないよう、信号のような役割を果たしていたのです。

宿主クモの哀れな最期

 宿主であるクモは、ハチが蛹の間、持ちこたえられる壊されにくい頑丈な網を作り終えると、用済みになります。その頃には、ハチの幼虫は宿主であるクモと同じくらいの大きさに成長しています。次に、ハチの幼虫は、クモを殺し、クモの体表から離れて蛹になります。しかし、そのためにはクモの網に自力でぶら下がる必要があります。ですが、ハチの幼虫には脚がありません。

 ここでも、ハチの幼虫は驚くべき技を見せてくれます。ハチの幼虫はクモを殺すときになると、背中にマジックテープ式の微細刺毛のついた突起が現れます。そして、それまでぴったりと取りついていたクモの体液を残らず吸い尽して殺します。死骸となったクモは捨てられ、ハチの幼虫は突起によってクモの網に自力でぶら下がり、蛹になるのです。

※参考文献
高須賀圭三(2015)「クモヒメバチによる寄主操作―ハチがクモの造網様式を操る―」『生物科学』66 pp.89-100.

Takasuka, K., Yasui, T., Ishigami, T., Nakata, K., Matsumoto, R., Ikeda, K., Maeto, K. (2015) Host manipulation by an ichneumonid spider ectoparasitoid that takes advantage of preprogrammed web-building behaviour for its cocoon protection. Journal of Experimental Biology 218 : 2326-2332.

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次回の更新予定日は2019年9月20日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学⑤)など。

2019年8月16日掲載

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