NHK子ども科学電話相談では言えない 恐竜学者が怒る「化石盗掘問題」

社会2019年8月14日掲載

  • 共有
  • ブックマーク

 NHK子ども科学電話相談で大人気の“ダイナソー小林”こと北海道大学の小林快次教授。誰も調査したことのないフィールドへ足を運び、未知の恐竜化石を掘り出す学者だ。「むかわ竜」発掘の陣頭指揮をとったことでも知られる小林さんは、発掘地でよく化石を見つけることから、「ファルコン・アイ(ハヤブサの眼)」の異名も持つ。そんな小林さんの“恐竜まみれの日常”を夏休みスペシャルとして4回にわたりお届けする。第1回は「化石盗掘問題」。(以下、『恐竜まみれ―発掘現場は今日も命がけ―』(小林快次・著)より抜粋)

 ***

接着剤が落ちていれば必ず

「僕ら研究者は恐竜の骨を、赤ちゃんを扱うように、慎重に扱います。掘り出し、きれいにして研究していく。だがあいつらは現場でガンガン壊して、良いところだけ持って帰る。歯とか、爪をです。本当に金のためだけに、大事な恐竜を壊す。ほんとうにむかつきますよね」

 話しながら、語気が荒くなっていくのを感じていた。
 海外までカメラを持って単身やってきたディレクターはそれを逃さず撮影し、「むかつきますよね」は深夜に全国放送された(2017年11月、TBS系「クレイジージャーニー」)。
 あの時、私の目の前には中国製の接着剤が落ちていた。

 これが落ちていれば必ず化石が盗掘されたことを示す。彼らは出てきた化石に接着剤を塗りつけ、運ぶ過程で割れたり欠けたりしないように「保護」する。その扱いの粗雑さから、欲しいのはカネだけなのだと知れる。
 使用済み接着剤のすぐそばには、片手ではつかみ切れない、立派な脊椎がごろごろ転がっていた。乱暴に掘り出され、そして捨てられたものだ。

 これをやった彼らこそ恐竜化石の敵、盗掘者だ。盗掘なんて、大昔のこと、あるいは映画の出来事のように響くだろう。だがそれは違う。彼らの手は、じつは驚くほど私たちの身近に迫っている。そしてこの問題は、「恐竜を含む、化石とはいったい誰のものなのか」という古くてホットな議論にも密接に関わっている。

ゴビ砂漠の、さらに「空白地帯」へ

 ここはゴビ砂漠。この砂漠は日本列島が3つ収まる広さを誇る。このとき私がいたのは、これまでほとんど研究者が入っていない「空白地帯」だった。
 真ん中をモンゴルと中国の国境が東西に貫き、岩でできた丘や山も点在するエリア、それがゴビ砂漠のなかの「空白地帯」だ。このうち中国側から国境に向かって北に「攻める」調査が行われたのは1996年から98年。当時大学院生だった私も参加、97年にはオルニトミモサウルス類の胃石を見つけ、大きな論文発表をすることになる。しかし、「空白地帯」のうちモンゴル側エリアの調査は長らく叶わなかった。その理由はふたつある。
 ひとつめは1992年まで、モンゴルが社会主義を掲げていたことだ。モンゴル人民共和国はソビエトと関係が深く、モンゴル側の空白地帯に入ったことのあるのは1960年代のソビエト隊だけだった。
 彼らの報告書には、貝化石や中生代の骨が出ることが書き残されていた。これがこの地帯に関するほぼ唯一の「資料」となる。その後モンゴルが資本主義国となった後も、ここは国境地帯であることから立ち入りは厳しく制限され続けていた。
 空白のまま残ったもうひとつの理由は、ここまでわざわざ来る必要がなかったことだ。ここ以外のゴビ砂漠から素晴らしい恐竜が出るのだから、研究者は敢えてチャレンジする必要がない。道が悪く、時間もお金もかかるところへ来て、さらに何も見つからないリスクを誰が好んで抱えたがるだろうか。

大当たりの可能性

 アメリカやカナダの調査隊が好んで入るのは、「空白地帯」の北西にあたるエリアだった。私も1996年から何度も入っている。ヨロイ竜、デイノケイルス(現在「恐竜博2019」で展示中)を掘り出せたが、ほかの調査隊が行かないフィールドを求めて、2006年からは「空白地帯」の北東でも調査を始めた。ここ数年は夏になると空白地帯の東西、どちらにも出向いている。
 細かい話になるが、東西の地層は、どちらも同じ白亜紀のもの。だが東側がより古くて、西に行くにつれちょっとずつ新しい地層が地表に出ている。
 では、一体、「空白地帯」はどうなっているのか。依然、詳しいことは分からなかった。ただ言えるのは、調査も発掘もされていないということは、入れさえすれば大当たりの可能性があるということだ。

モンゴル軍に発掘申請

 そして2017年9月、「空白地帯」調査が叶うことになった。期間は1週間。
 発掘調査には、その国の政府による許可が必ず要る。まず入国前に申請書を出しておき、現地に到着したら最寄りの役所などに行って、改めて手続きをするというやり方だ。おかげで毎年、年が明けると各国政府への書類手続きで忙しくなる。2月、3月までに出さなければ、その夏の発掘ができないのだ。発掘の概要に目的、参加者のリスト、様々な証明書類──。

「いい化石が見つかったなら、滞在延長してもっと長く調査を続けるのはどうか」とよく聞かれるが、そうしない理由のひとつがこの申請にある。1日延長するだけで、たいへんな事務作業が要るのだ。また帰りの飛行機や、チームの都合もある。掘りきれないとなったら、また来年来ようと切り替えてしまうのがスムーズなのだ。
「化石がそれまでにほかの人に取られないの?」とも心配されるが、もちろん掘りきれない骨はGPSユニットで記録したあと、決して分からないように埋めてきている。

 今回は国境沿いに入るため軍への申請も必要だった。発掘場所は、国境までわずか40キロなのだ。いったい中国との国境はどうなっているのか、壁やフェンスがあるのかとモンゴル人運転手に聞いてみると「何もない」。車で走っていると気づかずあっちへ行ってしまうのだという。それは近づかないほうがよさそうだ。

 ***

 明日は第2回「恐竜化石は誰のもの?」をお届けします。

小林快次(コバヤシ・ヨシツグ)
1971年福井県生まれ。北海道大学総合博物館教授、同館副館長。ゴビ砂漠やアラスカなど、北環太平洋地域にわたる発掘調査に出ながら、恐竜の分類や生理・生態の研究を行う。専門は獣脚類恐竜のオルニトミモサウルス類。1995年、米国ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年、同サザンメソジスト大学地球科学科で博士号取得。メディア出演多数。著書に『恐竜は滅んでいない』『恐竜時代I』『ぼくは恐竜探険家!』、『講談社の動く図鑑MOVE 恐竜』(監修)『恐竜の教科書』(監訳)などがある。

デイリー新潮編集部