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恩師に抱いた初めての疑問──『湯川博士、原爆投下を知っていたのですか』
“原子力村のドン”と呼ばれた森は、晩年になって、ひとつの謎に苛まれていた。父母係累を一瞬にして喪い、自身も爆心地で被爆した昭和二十年夏の広島。あの日、あの場所に“特殊爆弾”が落とされることを、恩師の湯川秀樹は知っていたと聞かされたのだ。自分の原子力人生を決定づけた恩師の真意は、いったい何だったのか。
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(※本書評は単行本『湯川博士、原爆投下を知っていたのですか』刊行当時のものになります)
「森一久」という名前を聞いてピンとくる人は果たしてどれほどいるだろうか。...
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1日に何十人もの米兵と……! 歴史の闇に葬られた「日本の慰安婦」たち
太平洋戦争終結から73年。戦争を知っている世代が絶える時も着々と近づいているが、歴史にはまだまだ埋もれた秘話がある。たとえば、日本にも「慰安婦」がいたという不都合な真実――。
終戦から2日後の8月17日、東久邇内閣が成立。最初の閣議後すぐに、国務大臣の近衛文麿は警視総監の坂信彌に対し、「日本の娘を守ってくれ」と依頼した。
坂はすぐさま東京都料理飲食業組合の役員2名を呼びつけ、「特殊慰安施設協会」(通称RAA)の設立を指示。設立声明では「狂瀾を阻む防波堤を築き、民族の純潔を百年の彼方に護持培養すると共に、戦後社会秩序の根本に、見えざる地下の柱たらんとす」と謳った。...
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