東京五輪を決めた高円宮久子妃のスピーチ 世界がうらやむ皇室外交の底力

国内 2019年7月29日掲載

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 天皇皇后両陛下や皇太子ほどには、その他の皇族の外国訪問は注目されない。だが、皇族はその振る舞いや言葉を通して、国際親善の実を挙げるべく努めている。またホスト国も皇族の訪問を決して軽く見てはいない。往々にして日本国内のニュースでは「微笑ましいトピック」程度の扱いなのだが、外交という観点でみた場合、これら皇室、皇族の外国訪問は極めて重要な価値を持つのだ。

 多くの皇族の中でも、特に近年ご活躍が目立つのが高円宮久子妃だ。久子妃のパフォーマンスの高さを衆目の前で見せつけたのが、2013年9月、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(JOC)総会だった。2020年の夏季五輪の東京開催が決まったあの総会である。

 皇室が直接五輪招致活動に関わってよいかどうかについては日本政府内で両論があったため、久子妃は日本招致委員会のプレゼンテーションの前に登壇し、皇室の政治関与とみなされないようにした上で、英語とフランス語を使って見事なスピーチを行った。冒頭で、東日本大震災への世界からの支援に対するお礼を述べ、続いて皇室とスポーツの関係を説明し、最後にIOCメンバーとの絆について語った。ジャーナリストの西川恵氏は、新著『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』で、「このスピーチがIOC委員の心をとらえたのは疑いなく、これによって東京五輪開催の流れがほぼ決まったという意見も、あながち間違っていない」と記し、その時の様子をこう描写している(以下、引用はすべて同書より)。

「……締めに入ると『ではチームジャパンのプレゼンテーションが始まります。皆、一生懸命努力してきましたので、説得力あるものであることを祈っております』と語り、フランス語で『メルシー・ア・トゥス』(皆様有り難うございました)と結んだ。

 スピーチは全体を通して親愛の情溢れたメッセージだった。他人行儀のよそよそしさ、肩肘張った緊張やよそ行きの響きはいささかもない。身近な人に語りかけるようにゆっくりと、聴衆を見ながら話していた。最後の『メルシー・ア・トゥス』も身近な友人に礼を言うときの表現だ。

 ユーチューブで何度か聞いたが、簡潔にして要を得たスピーチである。内容も、プレゼンの仕方も、聴く者を引き込んだ。終わったあと会場を包んだ拍手も、おつきあいではないだろう」

 皇室とて明瞭なメッセージが求められる時代にあって、久子妃の発信力は高く評価されている。現在、20を超える団体の名誉総裁を務めているが、その数は皇族の中で一番多い。スポーツ、文化、環境保護、国際交流など故高円宮の遺志を継いだものと、その後に引き受けたものがある。昨年ロシアで行われたサッカーワールドカップの際には、日本サッカー協会名誉総裁として日本代表戦を観戦・激励し、この機会を利用して現地の弓道の交流行事などに出席して、両国の友好を深めるために一役買った。

 皇族が最後にロシアを訪れたのはロマノフ王朝の末期、ロシア革命直前の1916年の閑院宮載仁親王にさかのぼる。実に102年ぶりである。この間、皇族がなぜ訪露しなかったのか、西川氏は同書でこう説明する。

「この間、皇族が訪露しなかったのは、一にかかって日露両国の歴史的関係からだ。ロシア革命によって日本と相容れない共産主義体制となったソ連と、日本はシベリア出兵で軍事衝突し、第2次大戦の終戦間際、日ソ中立条約を破棄して満洲に侵攻したソ連軍と再び衝突した。

 戦後はシベリア抑留、東西冷戦、そして北方領土問題と、平和条約を結べない状態が続いてきた。しかし今回は政治抜きのサッカー応援という名目の下、皇族としては102年ぶりの久子妃の訪問が実現した」

 久子妃は日本代表チームの応援も、地元との友好もというスタンスをとった。実際、訪れた3カ所で、試合の前後には美術館やロシア正教会、イスラム寺院、スポーツ施設などを精力的に回り、人々と交流した。ロシア側の対応はどうだったか。

「行く先々で地元政府要人が出迎え、ロシア側の歓迎ともてなしは温かかった。ロシアのメディアも久子妃について報じるとき、『102年ぶりの日本の皇族訪問』という言葉が必ずといっていいほど入った」

「久子妃の訪問から約1カ月後の7月31日、モスクワで日露の外務・防衛閣僚協議が持たれた。ロシアのラブロフ外相は日本の河野太郎外相に、サッカーW杯での日本代表チームの活躍を祝福し、『日本の皇族による102年ぶりのロシア訪問だったが、高円宮久子妃が満足されたことを願っている』と述べた。ラブロフ外相も両国関係のよき雰囲気を醸成する上での皇族の役割を重視していることを窺わせた」

 皇族による国際交流について、元駐仏大使・ユネスコ事務局長の松浦晃一郎氏はこう語っている。

「皇室の国際的活動は、個別の外交課題を1つずつ具体的に解決していくものではないが、そのための空気を醸成する役割を果たす」

 皇室が「最強の外交資産」と評される所以である。