義兄弟を皆殺し! 別種の巣に産み落とされたカッコウの雛のサバイバル術【えげつない寄生生物】

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カッコウの雛を可愛がる小さな仮親

 無事に、巣に1羽だけ残ったカッコウの雛は仮親からのエサを独占することができます。カッコウの雛の口の中は赤色で、大きな口をあけるとこの赤が目立ちます。この赤色は親鳥の給餌本能をかきたて、時には周辺で繁殖している別の鳥さえも給餌する事があるといいます。

 このようにして仮親とエサを独占したカッコウの雛は、すくすくと成長し、仮親の倍以上の大きさになり、巣からも完全にはみ出します。この頃には、見た目も大きさも全く別種であることが一目瞭然ですが、雛の頃から育てている仮親はまだ洗脳されたままで、わが子と信じ、雛を守りエサを与え続けます。そして、巣立ちの日が来ると、カッコウは仮親をおいて、さっさと飛び立っていきます。

托卵母親vs.仮母親

 通常の鳥は繁殖期に4個程度の卵を産みます。しかし、カッコウのような托卵性の鳥はその倍以上の10~15個程度の卵を産むことが分かっています。そして、托卵の成功例を見ると、カッコウの雛だけが生き残り、仮親の卵はすべて殺されてしまいます。このことが繰り返されていけば、すぐに鳥の世界は托卵する鳥ばかりが増えていきそうですが、実際にはそうなりません。なぜなら、托卵による繁殖が成功すれば、仮親となる鳥の数が減ります。そうなると次の世代で仮親が見つからなくなり、托卵できなくなります。そして、今度は托卵する鳥が減ります。そうなると、次は仮親の数が増えるという絶妙な自然界のバランスを繰り返しているのです。

 また、その個体数のバランスだけでなく、仮親が攻撃したり、カッコウの卵を識別する能力を獲得したりすることで托卵母親の子どもを排除する場合もあります。

 信州大学でおこなわれた研究では、カッコウと仮親にされる鳥の攻防戦があきらかになってきました。

 日本では、数十年前までカッコウはホオジロという鳥に托卵をしていました。しかし、托卵をされまくったホオジロはかなり高い確率でカッコウの卵を見破れるようになったのです。そのため、カッコウの托卵は失敗するようになりました。そこで、カッコウは托卵する鳥を変更し、オナガという鳥に托卵するようになりました。オナガはこれまで托卵された経験がなかったため、地域によっては托卵が始まって5年から10年で、オナガの巣の8割がカッコウに托卵されているという大被害を被っていました。そのせいで、オナガの個体数は1/5から1/10まで減少していました。このままいくと、オナガは絶滅へ向かってまっしぐらでしたが、そう簡単に生物は負けっぱなしにならないものです。オナガ側に対抗手段ができたのです。

 実験では、カッコウの剥製をオナガの巣の前に置いて、オナガがどの程度攻撃するか観察しました。托卵が始まって10年以内の地域ではほとんど剥製に対して攻撃しませんが、托卵歴の長い地域ほど攻撃性が強いことが分かりました。また、托卵開始から約15年もたった地域のオナガは、卵を取り除いたり、托卵された巣を放棄するといった対抗手段を確立しつつあることもわかったのです。

 つまり、最初は簡単にだまされていたオナガですが、現在では托卵に気がつき、卵も見破れるようになり、巣からカッコウの卵だけ落としたり、カッコウが巣に近づくと攻撃したりするようになってきたということです。

 しかし、カッコウ側も負けてはいません。2013年に発表された論文ではアフリカに生息するカッコウの一種(カッコウハタオリ)が、いかに根気よく執拗に托卵しているかが明らかになりました。論文によれば、カッコウのメスは、同じ仮親の巣に数回にわたり通い、1個ではなく、できるだけ多くの卵を産んでいました。頻度は、2日に1個程度でした。このように、同じ巣に複数のカッコウの卵を産むことで、仮親は混乱し、カッコウの卵を区別する認識機能も甘くなってしまい、カッコウの卵を選んで排除することができなくなってしまいました。

 そのため、この地域で仮親にさせられるマミハウチワドリの巣の20%にはカッコウの卵が産み付けられる状況になってしまっているといいます。

自分で育てず托卵するという戦略

 托卵という戦略は、仮親との攻防と絶妙なバランスの上になりたつものです。世界には約9,000種の鳥がいますが、そのうち約1%が托卵する鳥類です。これらの鳥たちはなぜ托卵という戦略を取っているのでしょうか。

 日本のカッコウ属については恒温性があまり発達しない変温性で、体温がそのときの状態によって10℃程度変化するといわれます。それでは卵を抱いて雛を孵すのに適しません。そこで、托卵という別の戦略をとっているという説もありますが、反対に托卵をし続けてきたため卵を温める必要がなくなり体温を一定に保てなくなったとも考えられます。

 托卵という不思議な生態については、まだ謎が多く残されています。

※参考文献
Feeney, W.E., Welbergen, J.A., Langmore, N.E. (2014) Advances in the Study of Coevolution Between Avian Brood Parasites and Their Hosts. Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics 45: 227-246.
Lotem, A., Nakamura, H., Zahavi, A. (1995) Constraints on egg discrimination and cuckoo-host co-evolution. Animal Behaviour 49: 1185–1209.
Stevens, M., Troscianko, J., Spottiswoode, C.N. (2013) Repeated targeting of the same hosts by a brood parasite compromises host egg rejection. Nature Communications 4: 2475.
中村浩志 (1990)「カッコウと宿主の相互進化」『遺伝』 44 pp.47-51.
佐藤哲 (2008)「ナマズ類の多様な繁殖行動」『鯰〈ナマズ〉 イメージとその素顔』 pp.164-178.

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次回の更新予定日は2019年8月16日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学⑤)など。

2019年7月26日掲載

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