韓国でなぜ選挙時期や政権支持率低下のタイミングで必ず北朝鮮がらみの事件が起こるのか

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権力を維持するための「仮想敵国」

 韓国映画が上手いのは、そうした社会派映画を、たんなるマジメ一辺倒の“お堅い”映画にしないことだ。北朝鮮に足がかりを作った黒金星パクは、ヘビのようなリ所長に何度も試されながら信頼を勝ち取り、金正日と直接対面の末に(!)、韓国大企業の広告を北朝鮮で撮影する広告共同事業を立ち上げる。リ所長は黒金星パクがスパイであるという最悪の事態も想定しながらも、国の資金難を解消することに集中する。事業が動き出してからのリ所長が黒金星パクをかばいさえするのは、単に彼がスパイであると知れたら自分の身が危ないからだ。

 韓国を代表する演技派俳優の2人、「国際市場で逢いましょう」のファン・ジョンミンと、中井貴一主演でリメイクされた大ヒットドラマ「記憶」のイ・ソンミンの抑えた演技が光る。2人の信頼関係は決して安直には作られない。激することなく相手を探り合い、だが「敵国の人間の中にも人間らしい感情がある」というわずかな望みを持ちながら、ある一点でようやく互いの立場は合致する。そこがこの映画の言わんとする真実――金と権力に執着し「体制維持」を目論む連中はどの国にもいて、そういう連中は利害さえ一致すればその他のあらゆること――主義主張どころか、物事の道理や善悪、人の命さえも平気で踏みにじり、手を組むことができるということだ。天上界で権力を握る人間は、本当のところ平和など望んでいない。権力を維持するためには「仮想敵国」があるほうが都合がいい。それは今もまったく変わらない、北朝鮮でも韓国でも、もちろん日本も。

 そこから始まる2人の命がけの攻防は、スリルとサスペンスの連続だ。韓国映画が時に謳い上げるように描く南北の友情のファンタジーには鼻白むこともあるが、この作品では派手な史実の片隅にひっそりと描き出す。もちろんこのあたりは完全なフィクションには違いないが、このエンタテイメント性があってこそ、フィクションの中に織り込んだ事実を世に知らしめることが可能になる。

 こうした韓国の「社会派エンタテイメント」が描く世界が、徐々に現代に近づいてきているのもミソだ。そしていわゆる「忖度」はまるでない。「工作」の製作中もそれなりの妨害があったようだが、大スターたちがものともせずに出演している。2年ほど前にNetflixで作られた「26年」に至っては、光州事件から26年後、被害者遺族たちが、名前こそ「あの人」とボカしながらも、現実にいまだ存命中の全斗煥を暗殺するという作品だ。’97年の韓国のIMF危機の裏側を描いた作品も昨年公開されている。

 片や忖度社会の日本。久々に政治に切り込んだ「新聞記者」が好調だが、さて、それに続く作品は作られるのだろうか。今後を見守りたい。

「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」
7月19日(金)シネマート新宿ほか、全国ロードショー

渥美志保(あつみ・しほ)
ライター、インタビュアー。エンタテイメントを中心に、映画レビュー、人物インタビュー、時事コラムなどをライティング。「mi-mollet」、「エル・オンライン」、「GINGER」、「COSMOPOLITAN」にて連載中。Yahoo!オーサー。「GOETHE」、「週刊現代」、「Nikkei LUXE」、「ELLE Japan」、「eclat」などの一般誌、企業広報誌など幅広い媒体にて執筆。関心事は映画、社会学、健康、政治、多様性、女性の生き方。

2019年7月19日掲載

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