米国にとって北朝鮮は狂信的なカルト集団、“先制核攻撃”があり得るこれだけの根拠

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日本を核で脅す北朝鮮

 一方、北朝鮮は米国や日本に対し、すでに核の先制使用を宣言しています。2016年3月6日、北朝鮮は翌7日からの米韓合同軍事演習を非難し「やめないと正義の先制核攻撃を実施する」と宣言しました。

 日本に対しても2017年9月17日、朝鮮中央通信が「朝鮮アジア太平洋平和委員会 敵対勢力の新たな制裁圧迫を非難」で以下のように威嚇しました。

・日本は自らの立場をはっきりと悟り、これ以上米国の手足として醜悪に振る舞うことは止めねばならない。
・日本反動層に対する骨髄に徹する恨みを抱いているわが軍隊と人民は、米国にへつらって反共和国制裁騒動に先頭で加担してきた現日本当局の罪科まで徹底的に清算する時だけを待っている。
・我々の水素爆弾の実験成功以来、驚き慌てる日本の醜態にはやはり、むかつかざるを得ない。
・人々はそれが軍事大国化実現に拍車をかけるための浅薄な計略と見抜いている。
・日本は、恐ろしい打撃力と命中効果を持った多種多様な原爆と水爆、弾道ミサイルを保有した世界的な軍事強国である朝鮮民主主義人民共和国が、最も近くにあることを心に刻まなければならない。

 「核攻撃されたくないなら米国に追従するな」とはっきりと脅したのです。2017年5月に親北反米の文在寅政権がスタートして以降、北朝鮮は核による脅迫の照準を日本に絞りました。

 NPRの2018年版が懸念した「核を背景に政治的な要求を突きつける」行為がすでに始まっているわけです。

狂信的カルト集団には武力

――話し合っている最中の国に対し、米国が先制攻撃を仕掛けるものでしょうか。

鈴置: 北朝鮮は米国にとって「国」ではありません。金正恩(キム・ジョンウン)委員長が率いる「狂信的なカルト集団」です。

 2017年11月8日、トランプ(Donald Trump)大統領が韓国国会での演説でそう規定しました。「トランプ大統領の韓国国会演説のポイント(1)」をご覧下さい。

 米国人の青年を拷問し死に至らしめた。外国人を誘拐してスパイの教師にする。10万人を強制収容所に収容し、劣悪な環境下で働かせる――。こんな具体例を豊富にあげて「狂信的カルト集団」と断じたのです。

 そんな北朝鮮は武力で制圧すべき存在であり、宣戦布告の必要もないのです。犯罪者が立てこもる建物に突入する際、事前通告する警察はありません。

 だから「朝鮮半島周辺海域にF35とF18を搭載した3隻の巨大な空母が、適切な海域には原潜が展開中だ。私は力を通じた平和を求める」と戦争を辞さない姿勢を明確にしたのです(「トランプ大統領の韓国国会演説のポイント(2)」参照)

再び脅し始めたトランプ

――でも今や、トランプ大統領は金正恩委員長を恋人扱いしています。

鈴置: 金正恩委員長への罵倒をやめ、「恋人扱い」するのは委員長を懐柔するために過ぎません。米国内の世論対策からでもあります。「核を持つ狂信的な集団のリーダーを大統領が口汚くののしれば、核戦争を誘発しかねない」との批判が米国にはあります。

 トランプ政権の中枢部の1人は「そうした批判に配慮し、大統領の発言をマイルドな表現に変えた」と福井県立大学の島田洋一教授に説明したそうです。島田教授は「日本でボルトン(John Bolton)大統領補佐官に最も近い」と言われる人です。

 その「金正恩委員長に優しい」トランプ大統領が最近、微妙に発言を変えています。6月12日の会見です。

 多くのメディアはトランプ大統領が米朝首脳会談の開催に関し「急がない」と語った部分に注目し、見出しをとりました。確かにそう述べています。ただ、こうも述べたのです。

・私が大統領に就任した時「北朝鮮との戦争になりかけている」と言ったものだ。それは恐ろしく無慈悲なものになっただろう。我々は世界で一番強い力なのだ。

 あからさまに武力で威嚇したのです。「恋人」に対する態度ではありません。2018年6月の米朝首脳会談以降、初めての威嚇です。

時間を稼ぎ終わった米国

――何があったのでしょうか?

鈴置: 2つ考えられます。まず、北朝鮮がイランに核弾頭の素材となるプルトニウムや濃縮ウランを売った、とされる事件です(「米軍は韓国からいつ撤収? 北朝鮮を先制攻撃する可能性は? 読者の疑問に答える」参照)。

 この事件は大っぴらには語られませんが、専門家の間では常識となっています。まず、これへの警告でしょう。

 2つ目が、NPRの2018年版が提唱した「海から発射する戦域核」体制の完成と思われます。米国はいつでも先制核攻撃できるようになったんだぞ――と肩をそびやかしたわけです。

 金正恩委員長にすれば、米国に時間を稼がれてしまった。米朝首脳会談に応じて核・ミサイル実験を中止しているうちに、先制核攻撃の体制を作られてしまったのです。

 トランプ大統領の「(次の米朝首脳会談は)急がない」との発言は「もう、米国には首脳会談を開いて話し合う必要はない。後はお前が譲歩して完全に核を放棄するだけだ。いやなら核で攻撃するぞ」と聞こえたでしょう。

 翌6月13日の労働新聞は「自主の旗印を高く掲げて勝利だけを収めていく」と訴えた署名入り論説を載せました。「核で脅されても譲歩はしない」と言い返したのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年6月18日掲載

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