もうこの蜜以外食べられない! アリに住居と甘い蜜を与え依存させるアカシアの恐ろしい生態【えげつない寄生生物】

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アリがアカシアの木に提供するサービス

 住居と有り余る食を与えられた働きアリたちはアカシアの木を守る行動をします。アリアカシアに近寄ってくる虫を探すために常にパトロールをおこないます。そして、発見すると素早く攻撃して追い払います。自分の体格よりも大きな敵に対しては、働きアリたちが集団で襲い掛かり、毒液を吐きかけたり、尻についている毒針を刺したりします。
 さらに、アリは他の昆虫からアカシアの木を守るだけではなく、植物からも守ろうとします。アリアカシアに他の植物のツルが巻き付くとそれを切断し、周りの植物が成長してアリアカシアのところが日陰にならないよう駆除するといったことまでもしてあげます。

 このようにアリは働き者で常にアカシアを守ろうと行動します。そのため、アリアカシアからアリを駆除してしまうと、アリアカシアは成長をしなくなり、1年以内にそのほとんどが枯れてしまいます。

蜜依存にさせて自分から離れられなくするアカシア

 このように、アカシアの木はアカシアアリに住む場所と甘い蜜を与え、アリはアカシアを守り世話をします。このような関係は一見、互いに利益を享受しているように見えるため、最近になるまで、この関係は「相利共生」だと思われてきました。
 しかし、2005年のメキシコの研究チームによって、この関係はお互いに得をする関係というよりは、アリを依存症にすることで自分から離れられないようアカシアがアリを操っていたことがわかりました。

アカシアの蜜以外を食べられなくさせる方法

 アリがエサとする樹液などには、ショ糖などの甘い糖分が多く含まれています。この糖を分解して消化するためには「インベルターゼ」という酵素が必要となります。そのため、ほとんどのアリはこの「インベルターゼ」を持っています。しかし、アカシアの木に住むアリは、このインベルターゼが不活性化しており、通常のショ糖を消化できなくなっている状態になっていたのです。

 つまり、アカシアに住むアリは通常のショ糖は消化できないにもかかわらず、アカシアの提供する甘い蜜は消化することができます。なぜなら、アカシアの提供する蜜には酵素であるインベルターゼも含まれているため、アカシアアリは消化することができるのです。このようにアカシアアリは、アカシアの木が提供する蜜以外を摂取することができず、アカシアの蜜に依存した生活を送るようになります。

 しかも、アカシアに住むアリの成虫はこの酵素を持っていない状態ですが、その幼虫時代にはちゃんと持っていたのです。そこには、アカシアの木の利己的な戦略が潜んでいました。

 アリの幼虫時代にはアカシア以外の蜜を消化できる酵素であるインベルターゼは正常に働いています。ですが、成虫では不活性化しています。アリは、いつこんなにも大切な酵素を失ってしまったのでしょうか。それは、アカシアの蜜を初めて口にしたときです。同じ研究チームが詳しく調べた結果、アカシアの蜜にはキチナーゼという酵素が含まれており、その酵素がアリの持つインベルターゼを阻害していたことがわかりました。

 アカシアアリは蛹から羽化すると、まずアカシアの蜜を食します。その一口の蜜でアカシアから離れられなくなるのです。アカシアの蜜は、まるで毒のように、アリの体中を巡り、本来持っていたショ糖を消化する酵素を阻害します。こうして、幼虫時代には持っていた、糖を分解する酵素であるインベルターゼが不活性化し、その活性は一生元に戻ることはありません。そして、結果としてアカシアの蜜以外は消化できない体になってしまいます。

 これまで、酵素が別の酵素を阻害するケースは確認されていませんが、何か別の未知のメカニズムによってこうした反応がおこっていると予想され、そのメカニズムに迫る研究が続けられています。

 アカシアのように、植物体の上にアリを常時生活させるような構造を持つ植物は「アリ植物」と呼ばれ、世界に約500種ほど見つかっています。これらのほとんどがアリも植物も得をする「相利共生」だと考えられています。しかし、今回のアカシアの例のように、深く研究していくと、それらの間にも特殊な依存関係が潜んでいるのかもしれません。

※参考文献
Clement, L.W., Köppen, S.C.W., Brand, W.A., Heil, M. (2008) Strategies of a parasite of the ant-Acacia mutualism. Behavioral Ecology and Sociobiology 62 : 953-962.
Heil, M., Rattke, J., Boland, W. (2005) Postsecretory hydrolysis of nectar sucrose and specialization in ant/plant mutualism. Science 308 : 560-563.

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次回の更新予定日は2019年6月21日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学⑤)など。

2019年6月7日掲載

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