渋谷・表参道は「焼死体の山」となった――米軍が実行した残虐な「山の手空襲」とは

社会2019年5月24日掲載

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 今から74年前の1945年3月10日、深川、本所、両国、下谷など、東京東部を襲った東京大空襲。一晩だけでおよそ10万人が亡くなり、100万人以上が罹災した。毎年その日には、墨田区横網にある都慰霊堂で慰霊祭が行われる。今年3月の慰霊祭には秋篠宮ご夫妻も参列、遺族ら約600人が御霊を慰めたという。
 しかしあまり知られていないが、帝都への大規模空襲は、何もその日を境に終わったわけではなかった。東京は1944年11月から翌年8月の終戦までに130回にも及ぶ空襲を受けているが、3月の大規模空襲「下町空襲」に対し、4月と5月、東京全域を襲った4度の大規模空襲が「山の手空襲」である。...

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