続・ 私が学生に「異郷研修」を勧めるワケ:「革命」は「地方」から 医療崩壊(23)

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 前回、日本の名門大学が内向き志向を強めているという我々の調査結果をご紹介した(若者は旅をせよ! 私が学生に「異郷研修」を勧めるワケ 2019年4月12日)。

 合格者のうち、地元出身者が占める割合は東京大学で約60%、早稲田大学・慶應義塾大学で約80%だった。東京の名門大学を目指して、全国から優秀な学生が集まってきているという訳ではない。東大、早慶いずれも関東地方のローカル大学だ。若者は異文化と出会って成長する。この点で、首都圏の名門大学には問題がある。

 では、今回の調査で地元出身者がもっとも少ない大学はどこだっただろう。それは東北大学と北海道大学だ。合格者に占める東北地方、北海道出身者の割合はいずれも37%だった。6割以上の学生が地元以外の出身だ。

 勿論、これは北海道や東北地方の人口が少ないことも影響している。北海道、東北地方の人口は538万人、898万人だ(2015年国勢調査)。他の旧帝大と比較して、地元の人口が少ないため、地元出身者比率が低くなるのは仕方ない。

 ただ必ずしも、その影響だけで説明出来る訳ではない。北海道大学、東北大学に次いで、地元の人口が少ないのは九州大学だ。2015年国勢調査における九州7県の人口は1302万人である。ところが、九州大学における地元出身者の割合は69%だ。北海道大学と東北大学の地元出身者率が低いことは、人口が少ないことだけでは説明できないのである。

地元色の薄い2大学の特徴

 では、北海道大学や東北大学の合格者は、どこから来ているのだろうか。東北地方も北海道も東京への依存が強い。関東地方出身者が多いと考える方が多いだろう。両大学の合格者の分布を図1(記事冒頭)、図2に示す。これらは各県の18歳人口1万人あたりの両大学への合格者を示したもので、『サンデー毎日』2019年3月24日号に掲載されたデータを用いて、東北大学医学部2年生の村山安寿君が作成した。

 図1と図2を見比べると、両大学の合格者の分布が異なることがわかる。

 東北大学は東北地方、北陸地方が多く、関東地方が次ぐ。関東地方の人口規模が大きいため、合格者に占める割合は東北地方37%、関東地方35%、中部地方(北陸を含む)18%となり、近畿地方以西からの合格者は8%に過ぎない。また、北海道からの合格者もわずかに2%だ。

 他の旧帝大と同じくローカル色の強い大学で、隣接する関東地方出身の合格者が多くなり、地元出身者の割合が減ってしまっているだけだ。

 余談だが、このことは東北地方の高校生が関東地方の高校生に受験競争で負けていると見做すことも可能だ。本稿では詳述しないが、これは明治維新以来、東北地方への教育投資が抑制されてきたことが影響していると筆者は考えている(福島の発展に必要な教育投資『Japan In-depth』2019年4月19日)。

 北海道大学は違う。合格者は北海道に次いで、石川県、富山県が多く、全国から万遍なく合格している。

 合格者の割合は北海道37%、関東地方23%、中部地方14%、近畿地方16%だ。東北地方からの合格者の割合は3%で、四国と同じだ。

 興味深いのは、特定の府県からの合格者が多いことだ。図3は、各県の18歳人口1万人あたりの北海道大学への合格者を、多い順に並べたものだ。石川県、富山県からの合格者が多いことがわかる。更に6位には新潟県、9位には京都府が入っている。一体、このような県と北海道はどんな関係があるのだろう。

無視できない「北前船」の影響

 筆者が注目するのは、いずれも「北前船」の寄港地だったことだ。北前船の寄港地のある府県から北海道大学への合格者が多いのは、今年に限った現象ではない。

 北前船とは、江戸時代から明治時代にかけて、蝦夷と大坂を繋いだ廻船だ。取り扱われた代表的な商品は、蝦夷地の昆布やニシン、鮭などの海産物だった。寄港する各地で、高値で取引された。一方、大坂では米、塩、砂糖や衣類などを仕入れ、売買しながら蝦夷地へと向かった。

 蝦夷地から運ばれたニシンは魚肥として利用され、上方の綿花栽培を支え、木綿の衣服を全国に普及させた。また昆布は、日本の食文化を一変させた。

 北前船は、商品と情報を流通させる我が国の大動脈だった。明治以降も、この経路を通じた人の交流は続いた。明治30年代に北海道へ入植したのは、富山県出身者が最も多かった。越中衆は北海道でも一番端の根室や歯舞諸島、羅臼などを開拓した。

 その名残は今もある。富山市は昆布の消費金額が日本で一番多いし、高橋はるみ前北海道知事は富山出身だ。祖父は富山県知事を2期8年務めた高辻武邦氏である。2004年には北陸銀行と北海道銀行が経営統合している。

 北海道大学は北海道の歴史を反映し、多様な学生を受け入れてきた。ところが、このことを認識されることは少ない。

 私がこのことを認識したのは、東京大学医科学研究所の特任教授として教授会に参加していたときだ。正確な年日は忘れたが、2012年か13年のことだったと思う。

 教授会で隣の席となったのは河岡義裕教授だった。インフルエンザやエボラ出血熱などウイルス感染症の世界的権威である。実は河岡教授は北海道大学OBだ。1978年に獣医学部を卒業している。

 筆者が河岡教授に親近感を抱いたのは、彼が関西弁を使うからだ。彼は筆者と同じ兵庫県神戸市出身で、兵庫県立神戸高校を卒業している。

 現在、我が国に国公立の獣医学部は11存在する。東京には東京大学と東京農工大学、近畿地方には大阪府立大学に存在する。河岡教授ほどの実力があれば、どこの大学でも進学できただろう。この中から北海道大学を選んだのは、おそらく彼にとって北海道が身近な存在だったのではなかろうか。

 これは私の個人的な経験に基づく推論だ。私は神戸市の私立灘高校を卒業しているが、筆者が在籍していたころ、毎年のように灘高から北海道大学に進学していた。同じ旧帝大の九州大学、名古屋大学、東北大学より身近な存在だった。

関西と北海道とのつながり

 なぜ、関西で北海道大学が身近な存在になるのだろう。これも北前船の影響が大きいと考えている。

 筆者の両親は淡路島出身だ。母方の祖母の実家は髙田家といい、淡路島で酒造業を営んでいた一族だ。1890年(明治23年)に髙田三郎が神戸・三宮に小売酒販店を開き、灘・大石に醸造場を開設した。のちの金盃酒造だ。

 髙田は淡路島では多い姓だ。江戸時代後期の廻船業者で、司馬遼太郎の『菜の花の沖』の主人公となった髙田屋嘉兵衛は、淡路島の都志村出身だ。

 髙田屋嘉兵衛は北前船貿易を通じて財をなし、蝦夷地にも進出した。当時、蝦夷地を支配していたのは松前藩だったが、その城下は近江商人に仕切られていた。新興の髙田屋が拠点としたのが函館だった。髙田屋嘉兵衛は函館の開発に尽力し、その功績は現在も「箱舘高田屋嘉兵衛資料館」で紹介されている。

 筆者は高校時代に「金盃」を通じて、髙田屋嘉兵衛を知り、髙田屋嘉兵衛を通じて函館、そして北海道に親近感を抱いた。およそ30年後に東京大学医科学研究所で知りあった河岡教授の経歴に興味を持ったのも、このような経験のためだ。河岡教授が北海道大学出身と知って、北海道大学の学生の出身地を分析することを思いついた。

 関西の高校生にとって、北前船は身近な存在だ。地元紙である『神戸新聞』は、最近1年間に137回も「北前船」を含む記事を掲載している。関西人にとって、北前船は北海道を想起させる。これは北海道にとって、一朝一夕で得ることが出来ない貴重な財産だ。

 この財産は、グローバル化が進む東アジアで北海道の発展を後押しするだろう。

 図4は単位人口あたりの外国人旅行者受け入れ数だ。上位陣には沖縄、京都、山梨、東京、北海道、大阪と並ぶ。この順位は2019年の公示地価の変動率とも重なる(図5)。

 アジアを中心とした世界との交流は東京に一極集中しているわけではない。歴史的な経緯、距離的な問題もあり、九州や西日本が勢いを盛り返している。

 今後、この傾向は益々加速するだろう。2017年の外国人の入国数は多い順に成田空港764万人、関西空港716万人、羽田空港375万人、福岡空港221万人だが、前年比はそれぞれ12%、18%、15%、35%増だ。関西空港と福岡空港の伸びが著しい。

 2016年、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入場者数は過去最高の1460万人を記録し、東京ディズニーランドを抜いて、初の首位となった。これはアジアからの観光客の増加が原因だ。2017年には年間の訪日外国人入場者数は200万人を突破している。

 アジアは急速に変わりつつある。我が国は周辺諸国の状況に合わせて、立ち位置を変えざるを得ない。今後、地方都市が生き残る上で重要なのは、東京だけでなく、関西や福岡とのネットワークだ。アジアからの観光客や移民は関西や福岡で入国し、そこから日本国内を移動するからだ。

 この点で北海道は興味深い存在だ。北前船を介した地域間のネットワークがあるからだ。北海道大学の合格者の分布は、このネットワークが現在も機能していることを意味している。卒業生が出身地に戻って就職することで、ネットワークが再生産されてきた。

仙台も結びつきを強めて

 あまり議論されないが、仙台も変化しつつある。西日本とのネットワークは急速に強化されつつある。兵庫県神戸市出身の三木谷浩史氏がオーナーを務める東北楽天ゴールデンイーグルスは、仙台の市民球団として根付いた。

 一方、関西のピン芸人として活躍するかみじょうたけし氏は、楽天イーグルスのファンを公言して話題となっている。仙台と関西の交流の一例だ。

 2016年7月には仙台空港が民営化された。2018年度の利用者数は361万人(前年比5.0%増)で2年連続過去最高を記録した。1日57便の国内線でもっとも多いのは関西方面(関西・伊丹・神戸空港)で、20便だ。次いで新千歳16便、福岡7便である。西日本との交流が仙台空港の利用者を増やしている。

 今回の調査を担当した村山君は都立日比谷高校を卒業した「江戸っ子」だ。東京と北海道で育ち、大学で初めて仙台に移り住んだ。彼は今回の調査を通じ、「関西や九州で初期研修することも考え始めました」という。21世紀のアジアに適合したネットワークの必要性を痛感したからだ。こういう学生が増えると、東北大学は変わる。

 マスコミは「東京一極集中、地方の衰退」と喧伝するが、実態は違う。革命は辺境から起こる。アジアの変化にあわせ、地域から変革が始まっている。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2019年5月22日掲載

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