原監督は実力至上主義を徹底、ゲレーロにも「なめたらいかんよ」【柴田勲のセブンアイズ】

野球2019年5月12日掲載

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 ちょっと気は早いが、巨人が10日、ヤクルトとも首位攻防第1ラウンドを制した。序盤に5点をリードされたが、終わってみれば今季最多の19得点を挙げての圧勝だった。

 この試合で坂本勇人が開幕からの連続試合出場を「34」として77年の王(貞治)さんの記録を抜いて球団新記録を打ち立てた。今季の坂本、心技体が充実している。主将に就いて5年目となるが、チームは14年を最後に優勝がない。今年にかける気持ちが強い。開幕からチームをずっと引っ張り続けている。その表れの1つだと思う。

 チームは3連勝したけど、原辰徳監督の“策”が効いている。ご存じの通り、6日に不振のアレックス・ゲレーロとクリスチャン・ビヤヌエバの出場選手登録を抹消、代わりにサムエル・アダメス投手とホルヘ・マルティネス内野手の2人を昇格させた。

 2軍落ちした2人、10連戦中は特に打撃内容が悪かった。(注1)ボール球を振る傾向が強く、安定感に欠けていた。落ちるまでの10試合で打率は1割台だった。5日の広島戦、ビヤヌエバに打席が回ってきたら原監督は代打に大城卓三を送った。ゲレーロも全く精彩がなかったし、このへんで決断したのだろう。

 10連戦が終わってからではなくて、最終日というのが原監督らしかった。開幕から良ければ使う。悪ければ外す、2軍に落とす。坂本、丸佳浩、岡本和真を除き、選手に対してはこの方針を一貫させてきたが、決めたら即実行に移す。外国人選手にも特別扱いはなかったということだ。実力至上主義は徹底している。

 2人とも大枚を払って獲得した助っ人だが、「なめたらいかんよ」とお灸を据える意味合いがあったと思う。逆に言えば、こんなことができるのもいまの巨人には余裕があるからだ。

 いくら不振であっても、1発のある外国人選手がベンチで控えているのは相手ベンチにとっては怖い。外国人助っ人を2軍に、しかも2人を落とすのは容易ではない。

 前述した坂本の充実、それに丸が自分の役割をしっかりと果たしている。出塁率も高いし、いまでは3番に入っているが、勝負強い。この2人がチームを引っ張ることで、吉川尚樹の抜けた穴が大きくなりかけたところで、増田大輝、山本泰寛、重信慎之介、北村拓己らがアピールできる土台となっている。同時に「やらなければ」という気持ちも強くなる。アダメスとマルティネスにチャンスを与えることも可能だ。

 でも、坂本、丸の2人もいずれ調子を落とす時がくる。ゲレーロとビヤヌエバにはまた上がって来たら奮起して欲しい。そんな願いも込められている。

 坂本、丸の好調と2人の助っ人の2軍落ちが注目されて、目立っていなかったのが岡本だった。この日の試合まで打率2割4分4厘、本塁打に至っては16試合出ていなかった。打率が低すぎる。いっそ、ゲレーロにビヤヌエバ、本来、岡本を2軍に落としてもおかしくなかった。本人もかなり危機感を持っていたのではなかったか。

 彼にとって今季は勝負の年だ。昨年は入団から3年間でわずか1本だった本塁打を33本まで伸ばした。チームでただ1人、143試合に出場して打率3割、100打点をマークした。レギュラーは2年続けて実績を残せば、まず大丈夫だ。心配していたが、10日の試合で久々に“らしい”打撃の片りんを見せた。ストライクゾーンの球を捉えていた。浮上のきっかけになればと見ている。

 打撃練習をチェックすると、どうもスタンドインばかりを考えている節がある。もっとライナー性の打球を打つことを頭に入れるべきだ。これまではどんな球種、コースの球にも振りにいっていた。4番なのだから慌てず騒がずではないけど、どっしりと構えて打つ。ライナー性の打球は角度がつけばスタンドインする。マークがきつくなっているのは分かるが、今季の最初の壁をしっかりと乗り越えて欲しい。

 最後に菅野智之投手だが、まだまだ本調子ではないと見た。防御率が悪すぎる。球がいいところに決まらずに甘くなる。8日のDeNA戦で被安打8で5失点。打線の援護で勝ち投手にはなったが、「2度あることは3度ある」の通り、4月25日のヤクルト戦、5月1日の中日戦同様に3連打を浴びていた。どうも今季は1発を浴びて、しかも連打されるケースが目立つ。

 だれに聞いても「分からない」という答えが返ってくる。本人にしか分からないのだろう。

 体の切れの問題なのか。菅野も今年で30歳になる。どうしても太りやすくなる年代だ。重めになっているのか。こんなことまで考えている。

 巨人のV奪回は投手陣では菅野次第だ。必ずや修正してくると信じている。前回と同じだが、次回の登板ではスキッとした投球を願っている。

(注1) ゲレーロは30試合で打率2割2分6厘、4本塁打、打点13、得点圏打率2割。ビヤヌエバは29試合で打率2割3分5厘、5本塁打、13打点、得点圏打率1割6分7厘。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長、14年から巨人OB会会長を務める。

週刊新潮WEB取材班