あだ名は「でんでん」 新歓コンパで池に落とされ…新天皇の微笑ましい学生時代

社会週刊新潮 2019年5月2・9日号掲載

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巨人ファン

「初めてご一緒したのは小学生の時でしたが、先生も生徒もみな、殿下を『宮様』と呼んでいましたよ」

 とは、学習院初等科、中等科で机を並べた廣川弘城氏である。

「日直の名前を黒板に書く時も『宮様』。いつもお付きの方が校舎の外に待機している。幼心に、普通とは違う方なんだ、と思っていました。運動会や授業参観には今上陛下や皇后陛下がいらっしゃっていて、親御さん方が緊張するのを感じました」

 呼び名は堅くとも、ご両親は高貴でも、ご本人は子どもだ。殿下は登山や音楽がご趣味との印象が強いが、当時は他の男の子と変わらず野球に熱中されていた。殿下の小学校時代は、巨人のV9とほとんど重なる。

「休日には御所にお呼ばれして、侍従の方々も混ざって草野球をしました。殿下はもちろん巨人ファンで、しかも末次利光選手の大ファン。末次さんの背番号38のユニフォームを持っていましたね」

 V9戦士でもONではないところが“玄人”のご選択である。

「お誘いいただいて一緒にオールスター戦を見に行ったこともあります。もちろん貴賓席で、評論家が後ろにいて生解説をしてくれる。長嶋茂雄選手が打席に立つ時には私たちに向かってバットを高く掲げてくれた。とても贅沢な体験をしました」

 誰とでも分け隔てなくお話をされる優しい方――それが廣川氏が記憶する殿下の姿だが、初等科から高等科までの同級生で、能の観世(かんぜ)流二十六世家元・観世清和氏もこんな体験を話す。

「初等科時代、工場に社会科見学に行ったことがありました。この時、集合時刻になっても、殿下や私たちの班のメンバーが1人来ません。周りは“もう先に行こう”と言ったのですが、殿下は“もう5分待とう、もう5分待とう”とおっしゃるのです。“もし私たちが先に行って誰もいなくなってしまったら彼はきっと困るから”と。結局、そのメンバーは少し遅れてやってきましたが、殿下は嬉しそうに“これで揃ったね。出発しよう”とおっしゃいました。決して押しつけがましくない、さりげない優しさがおありでした」

 先に触れた御所での草野球にも観世氏はお呼ばれしていたが、スポーツは全般的にお好きだったという。

「当時、海外のサッカーの試合を流す『三菱ダイヤモンドサッカー』という番組が放映されていたのですが、殿下はそれをご覧になられていた。ヨハン・クライフとかベッケンバウアーなどの話をされていました。『巨人の星』『柔道一直線』もお好きでしたし、『おそ松くん』も見て、ざっくばらんにお話をしていました」

「シェー‼」のポーズをとったお姿を見たご学友もいたのだろうか。

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