ブラック寸前? 少年野球の現場で悩む父親ライターの正直な報告

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大人社会なら即刻パワハラ認定されそう

 まず(1)の長時間練習。

 昔からそうだったが、今は長くやればいいと考えられないはずである。

 2018年夏、あまりの暑さに命の危険性が指摘されたのも記憶に新しい。プロ野球選手だって酷暑の時期は、練習をセーブしたと聞く。どうして子どもの世界では長時間練習が続くのだろう?

 気温に問題がなくたって、そもそも長時間練習は大人でも飽きる。大人の世界では働き方改革が進んでいる。働きすぎ社員には人事部から指導が入るわけだが、子どもの世界では案外、見落とされているような気がする。

(2)の叱声・罵声はどうか。「何をやってるんだ!」「へたくそ!」「~しないからダメなんだ!」「どうして~しない⁉」等々、イマドキ大人社会なら即刻パワハラ認定されそうな発言が大声で続くので驚いた。ある程度、厳しい指導はスポーツにつきものとは理解できるのだが、ぎょっとする言葉も少なくない。

 かつて千葉ロッテマリーンズ、ニューヨーク・メッツなどで監督を務めたボビー・バレンタイン氏は、日本の少年野球を見て「ヤクザが野球を教えているみたいだ」と言ったらしい。

 ちょっと笑えない話ではないか。

「ボール球は振るなっていっただろう!」

「そこはセカンドに投げなきゃ、ちゃんと周りを見ろよ! 考えろって!」

 叱声・罵声は選手(子ども)のミスを咎めるものが多い。萎縮する子どもを見ると気の毒である。プレーの向上を考えてのことかもしれない。でもますますミスしてしまいそうに思える。

 近鉄バファローズ、東京ヤクルトスワローズ、ニューヨーク・メッツなどで活躍した吉井理人氏には、『コーチング論 教えないから若手が育つ』(徳間書店)という著書がある。いろいろあけすけに書かれていて、プロ野球の世界を知るにも面白いのだが、そこで吉井氏は、サッカー指導者から「(サッカー界では・引用者注)選手ができないのはコーチの責任」と聞かされ、驚いたと書いている。

 つまり野球界は、サッカーと正反対で、ミスはすべて選手の責任ということなのだろう。野球の考え方とサッカーの考え方、ことに子ども相手ならどちらが良いか、これは自明である。

 話は少しそれるが、叱声・罵声は「指示待ち」の文化とも関連があると筆者は見ている。指示待ち人間はいらないと、企業はしばしば言うけれども、未来の良き社会人を育てる場の一つである少年野球は、指示ばかりが通っている気がする。

 例えば練習。まずはウォーミングアップ、キャッチボールと、ここまではルーチンである。その次だ。

「監督、キャッチボール、終わりました! 次は何ですかッ?」

「じゃ、次はボール回しだ」

「ハイッ」

 練習も試合もすべて指示のもとに進む。特に考えなくてもコトが進む。「他のスポーツも同じだよ」と言われそうだけれども、監督からのサインなどは典型的な指示の象徴ではないか。

 しかし、試合では特にそうなのだが、自分で考えないと始まらない。内野手が打球を捕ったあと、どこに投げるかは、走者がどこにいるか、アウトカウントはいくつかで変わるのか。その他もろもろ、すべて考えないといけない。

 でも指示を受けるのに慣れると、指示のない状況下で考え判断を下すことに躊躇が生じるんじゃないか。

 技術を身につけさせ、勝利をめざすには考えさせている時間は案外ないのだろう。勝利と合理性に配慮したら、そうなっても文句は言えないのか。子どもだって負けるより、勝つ方が嬉しいんだし……と筆者は悩ましくなるのである。

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