元号に「安」を入れるな騒動のバカバカしさ(中川淳一郎)

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 新元号をめぐり、ネット上でバカバカしい騒動が勃発しました。曰く、独裁者であるアベが自分の功績を誇るかのように、次の元号に「安」を入れるべくNHKやテレビ朝日、TBSも巻き込んで国民の洗脳を行っている、という騒動です。

 埼玉県朝霞市の酒店・和泉屋がネットで新元号を募集したところ、2月28日現在、1位は「安久」で164通、2位が「安永」で130通、3位が「栄安」で68通。10位が同数だったため、11の新元号候補のうち、上位七つに「安」の字が入ったとNHKが報じました。テレ朝とTBSも同様の調査結果を報じたところ、反アベ派の皆様方からツイッターで怒りの狼煙が上がったのでした。さらには、NHKが静岡県沼津市の水族館のアシカが口に筆を咥え、新元号を書く練習をする様子を報じましたが、この時も「安」が書かれていたことから、異議が呈されたのです。

 おかしいのは、この3局については過去散々ネトウヨから「反日報道機関」扱いされてきた点です。今回は「アベの犬に成り下がった」的な意見も書かれており、反アベの皆様方が、かつてのネトウヨと同様の主張をしているわけですね。

 漫画家・東海林さだお氏が描いた漫画にこれを連想させるものがありました。まったくモテない男が、じゃれ合いながら飛ぶ2匹の蝶に激怒し、さらには、「おしべ」と「めしべ」両方がある花にも怒りを表明する。今で言う「カップル」は当時は「アベック」と呼ばれていましたが、アベックを連想させる「安倍」と書かれた表札にも憤怒の表情を浮かべ、挙句の果てには「安倍川餅を連想させる」と自身の部屋にある「煎餅蒲団」に噛みつくというものです。友人は、この流れは論理的である、まだ頭はおかしくなっていない、と安心するのですが、今回の「安」と元号をめぐる騒動に対しては1970年代のこの漫画を思い出した次第です。

 私自身、こうした反アベ派や左派の皆様の人生が時々心配になってしまいます。それは、アベが退陣した後、「燃え尽き症候群」になるのでは、ということです。基本的に彼らはツイッターでアベのことを悪辣非道な独裁者として扱い、抑圧された市民よ蜂起せよ!的な主張をします。

 しかし、のんべんだらりと生きている私のようなノンポリからすれば、別に安倍氏のことは「それなりに安定した政権を運営している総理大臣」や「毎年総理が代わった時代よりはずっといいわ」としか思えない存在なのですね。

 実際問題として、2012年の第2次安倍政権発足以来、政権運営のせいで弾圧されたり殺された人なんているんですかね? いるんだったらさっさと政府を訴えるぐらいやってほしいところですが、そんな動きは見られません。

 いやはや、それにしても「安」を元号に入れるな!ってすごい主張ですね。「安全第一」「安心」「大安売りセール」「安定の美味しさ」――いずれも良い話ではありませんか。しかも、反アベの皆様方は伊藤博文を暗殺した、韓国における「義士」である「安重根」にはシンパシーを感じているでしょうが、今回アベの「安」を否定するのは安重根も否定するということなのでしょうか。まぁ、彼はただのテロリストですが。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2019年3月21日号掲載

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