ZOZO前澤の月旅行は実現するか 「スペースX」がNASAに売り込んだ奇抜な目標

IT・科学2019年3月9日掲載

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 マスクら民間企業の参入によって、宇宙産業は今足元から変わりつつある。

 起業家イーロン・マスク率いる米宇宙開発企業スペースXが、ついに有人型宇宙船の打ち上げ&ドッキングに成功した。2002年に設立されたスペースXは、2023年に初の民間人向け月周遊旅行を企画。その最初の搭乗者がZOZO社長の前澤友作氏ということで日本でも話題となっている。

 今でこそ国際宇宙ステーションへの物資の運搬をNASAから請け負うようになったスペースXだが、マスクが宇宙産業に参入した当初これほどの躍進を誰も想像しなかったのではないだろうか。

「将来、子どもたちにこれが精一杯だったなんていいたくない。わたしは子どもの頃、月に基地ができる日や火星旅行が始まる日を心待ちにしてた。それがそうならず、進歩が止まってしまってる。こんなに残念なことはない」という思いを持ったマスクが、どのようにして宇宙産業に参入したのか、その始まりを、宇宙開発の最前線を描いた『宇宙の覇者 ベゾスvsマスク』から引用してみよう。(以下同書より引用)

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ファルコン1

「スペースX」の名で知られるようになるマスクの新会社は、ロサンゼルス空港にほど近いエルセグンド市イースト・グランド通り1310番地の古い工場で産声を上げた。マスクはすでに第1号機となるロケットの主力部分のスケッチを描いていた。それはシングルエンジンのあえて華やかさを排した地味な代物だった。ほかの人がロケットをレーシングカーにたとえるなら、自分は喜んでホンダ車にたとえたかった。実用的で、信頼でき、安いロケットだ。

「ホンダのシビックなら、購入して1年以内にはまず故障しない」とマスクはファスト・カンパニー誌に語っている。「安くて信頼できる車が手に入れられる。ロケットもそれと同じようにしたい」。人工衛星など、重さ500キロ以上のペイロードを、他社よりはるかに安い約600万ドルで打ち上げ、地球低軌道に投入できるようにすることが目標だった。

 ほどなくスペースXの最初のロケット、ファルコン1が組み立てられた。「ファルコン」は「スター・ウォーズ」に登場する宇宙船ミレニアム・ファルコンから取り、「1」は第1段エンジンの数を表していた。しかしわずか1年ほどでロケットを完成させながら、マスクはNASAの誰からも興味を持ってもらえなかった。

 ワシントンはマスクを歯牙にもかけなかった。体制側──大手の請負業者、議員、NASAの大多数──は、マスクの宇宙企業をよくある金持ちの道楽のひとつにすぎないと見ていた。遊び半分であり、どうせ成功しないと踏んでいた。マスクのしていることを真剣に受け止める者はほとんどいなかった。

「当初、われわれはNASAにどうか興味を持ってくださいとお願いするような立場でした」と、当時スペースXの戦略関係部長だったローレンス・ウィリアムズは話す。

 2003年末、マスクはNASAのほうから来てくれないのならこちらから出向けばいいと考えついた。ちょうど連邦航空局(FAA)が国立航空宇宙博物館でライト兄弟の動力飛行100周年祭を開催しようとしているときだった。マスクはそこに自分の新しいロケットを携えて、乗り込むことを思いついた。

奇抜な目標

 祭典の日に合わせ、スペースXは7階建ての高さのロケットを特注のトレーラーに載せて、米国を縦断し、ワシントンDCまで運んだ。ワシントンDCに着くと、警察の護衛のもと、一行はインデペンデンス通りを賑々しく進んだ。途中、国立公園ナショナル・モールの前も通った。ナショナル・モールはこれまでに数々の華やかなイベントや、行進や、抗議行動の舞台となってきた場所だが、こんなものが登場するのは初めてだった。

 当時32歳だったマスクが連邦航空局の建物の前にロケットを駐めると、国立航空宇宙博物館に向かって歩いていた観光客たちは、凍えるほど寒い日だったにもかかわらず、立ち止まって、路上の展示物を唖然とした表情で見つめた。ふだんはホットドッグの屋台が並ぶ場所に、全長21メートルの真っ白なミサイルがでんと鎮座していた。朝のラッシュアワーに道路が大きなトレーラーですっかりふさがれていたので、タクシーも何事かと驚いて止まった。このショーはシリコンバレー流の威勢のいい売り込みではあった。アップルの新製品発表のようなものだ。とはいえスティーヴ・ジョブズが新製品を大衆に印象的に売り込む技術を完成させる前のことだ。

 マスクはこのような騒ぎを起こすことで自分の小さなベンチャー企業が成し遂げたことを披露した。NASAに向けて、無料ドリンクを求めて集まってくる議会スタッフたちに向けて、そして取材にかけつけた報道陣に向けて。たとえそれがまだ飛んだことのないロケットだったとしても。

 しかし飛べるのだろう、やがて飛ぶのだろうと思わせた。道端に置かれたその姿は、計算された併置の効果を見事に上げていた。博物館の中にはNASAの輝かしい過去がある。月面着陸船、マーキュリー計画の有人衛星カプセル、アポロ計画の残響、アポロ計画から生まれやがて打ち捨てられた夢の数々……。そして博物館の外には、新しい未来を築こうとするひとりの男がいる。安くて信頼できる宇宙船を作り、いつか火星に植民するという、型破りなこの男にいかにもふさわしい奇抜な目標を携えて。

 マスクが売り込んだのはロケットだけではなかった。そのロケットを通じて、小さなベンチャー企業でも宇宙で成功できるという大それた考えも訴えていた。

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 マスクにとっての最大の武器はコストだった。ファルコン1は史上初の再利用可能なロケットで、宇宙飛行のコストを劇的に下げることができるという。それに比べると、現在使われているロケットは、コストが4倍高いうえ、信頼性ではるかに劣る。NASAが乗員7人の命を奪ったスペースシャトル、コロンビア号の事故から10カ月経ったその時点で、まだ打ち上げを見合わせている状態だったことにもつけこんだ。「スペースシャトルの発射が再開されず、人工衛星の打ち上げが滞っている今、新しい宇宙飛行の手段がますます必要になっています」

 その後、マスクがいかにして巨大規制産業のしがらみを突破し、ぎりぎりの闘いに勝利し続けていったか、詳しい事情は同書に譲るが、民間企業の参入により宇宙開発が劇的に変化を遂げていることは、日本人も知っておくべき事実だろう。

 人類が月へ到達してから50年。国から民間へと主役をかえつつ、宇宙開発はさらなる盛り上がりを見せそうだ。

デイリー新潮編集部