20年前に「VR」「エコカー」「財政赤字」を予言 故・堺屋太一さんの『平成三十年』を読む

国内 社会 新潮45 2017年9月号掲載

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ミクロ経済面の答え合わせ

 いや、まずは笑いどころと言った方がいいかもしれない。『平成三十年』の日本像には新聞連載の頃から少なからぬツッコミが入っていた。当時よく取り上げられていたのは、堺屋が合計100以上盛り込んだと豪語する新しい製品やビジネスモデルで、たとえば、平成三十年ワールドにおいて全盛期のカラオケのように大流行しているというパーソナル・エンターテインメント、略称パソエンは、その代表格だ。

 身体のあちこちにセンサーをつけてブルーバック(青い背景幕)の前に立ち演技をしてみせると、衣装や背景がその場で合成されて、孫悟空の立ち回りや大相撲の土俵入りなどを“実演”できるというのがパソエン。そんな見世物を誰が好き好んでやるのか、まして官僚や政治家がやるはずがないといった、嘲笑にも近い批判さえ集めた。小説のヒロインである女性官僚「初芽」がパソエンを使ってみせる際の演目が楊貴妃の入浴だったりバットマンの横に立つ魔女(キャットウーマンか?)だったりする設定も、堺屋が古くからの女子プロレスマニアであることに思い至ると、余計な感興を呼び起こしたりする。

 だが今、一歩引いて読み直してみるとパソエンはVR(仮想現実)技術の娯楽ビジネスへの応用例に見えてくる。音響技術で素人を歌手に仕立てるのがカラオケだとすれば、VR技術で素人を役者に仕立てるのがパソエンだ。

 VRに相当する概念さえ広まっていなかった時代にVRを活用したエンタメビジネスを考案した堺屋の読み筋はいい。自分の姿を孫悟空に変えて周りに見せればパソエンだし、周りの景色のなかにモンスターを出現させて自分で眺めればポケモンGOなのだ。堺屋の予想の的中度を○×△式で採点するなら、パソエンには△をつけてもいいのではないか。

 パソエンのように堺屋が『平成三十年』のあちらこちらにちりばめた新製品や新ビジネス、経済や政治、行政、社会についての予測の数々をチェックしていくことは、この小説をいま読むうえでの大きな楽しみだ。目につく例についてまずミクロ経済面から“答え合わせ”をしてみれば、次のような結果になる(単行本化、文庫化の際に数多くの修正がなされており、今回の検証では04年初版の朝日文庫版を対象とした)。

◆「ネット・コンビニ」:店内の品揃えは3000点ほどだが、それ以外の2万点以上の商品もネットで注目すれば3時間後に店舗で受け取れるコンビニ――セブン&アイがセブン‐イレブンを軸として取り組んでいるネット通販連動戦略を予言しているほか、ネット通販専業だった米アマゾンがコンビニや食品スーパーといった実店舗ビジネスに進出してきたこと、運送各社が効率の悪い戸別配達から宅配ロッカーやコンビニへの配達への切り替えに取り組んでいることなども頭に浮かぶ=○

◆「ニックス・カフェ」:各席に電子機器が揃い、店内には大画面ディスプレイも備わったカフェ。「個人事業者の中には、ここをオフィス代わりにする者もいる。最近急増の『一平米企業』だ」――スターバックスのようなビジネスカフェや個室型のネットカフェに近い=○

◆「ガイドホン」:画面が名刺大の携帯電話端末。「行き先さえ口でいえば、その日の状況に応じて一番いい交通手段を教えてくれます」。飲食店の予約や劇場の前売り券購入も可能で百科事典も内蔵――ほとんどスマホ。ただ、作中では高級機で、一般人の利用はまだ、今で言うガラケーが主=△

◆自動通訳装置:語られた中国語をリアルタイムで翻訳し、訳文を液晶画面に表示するほか、イヤフォン越しに音声再生も可能な装置が自動車に備え付けられている――音声対応も含むリアルタイム翻訳システムは、西欧言語間の日常会話レベルならスマホのアプリでもかなり高度。日本語は文法や音声化の面で壁が高いため、開発は遅めだが、今後AI(人工知能)の活用で加速する可能性が高い=△

◆エコカー:ハイブリッド車や電動自動車が普及。その名も「エコカー」という縦列2人乗りの小形電気自動車も人気――ハイブリッド推進システムが現実とは異なっていたりするが、ほぼ的中=○

◆乗用車の国内生産・販売台数:17年は生産が600万台弱で、販売が570万台――現実では16年、生産が920万台で、販売が497万台。生産では堺屋の予想を上回り、販売では下回った=×

◆中国車:17年の輸入台数では38万台超で、ドイツ、アメリカに次ぐ3位。国内総販売台数(国産車も含む)の6・7%――16年の乗用車輸入は実質ゼロ=×

◆「サマー・ジンベイ」:「大流行の夏用甚兵平」――高齢男性用のプレゼントとして登場するが、現実ではステテコが復権。2010年頃から若い男女向けにワコールやユニクロが室内着として売り出し、定着している=△

◆「透明煙タバコ」:火を点けて吸うが「吐く煙は目に見えない」。官庁内は禁煙だが、新聞記者が我慢できずに吸う――現実には電子タバコが流行目前=△

◆「スーパーソニック」:10年前に就航の大型旅客機。2階式600席で、巡航速度マッハ1。ただし、日本には就航せず――総2階の大型機はエアバスA380は実用化されたものの、巡航速度は時速900キロ強(マッハ0・8程度)で先行機種と同水準。A380を日本に乗り入れる航空会社は複数あったが減っており、現在では2社のみ=△

スマホは予言できず

 ザッと眺めてくると、ミクロ経済の個別の案件では、堺屋の予測の妥当性はなかなかに高いと言える。特に当たり具合がいいのは技術・アイディア先行型の商品やサービスの場合で、一方、外交や国内の規制・産業政策などが絡んでくる案件では的中率が落ちるようだ。

 インターネットの存在感と影響力の増大は堺屋も見通しており、ネットは物語の山場となる衆院選でも大きな役割を果たす。著者は後に、IT担当相も兼任していた森内閣時代、110億円の国家予算を注ぎ込んだ「インパク」ことインターネット博覧会を主導したこともあった(ショボかった……)。

『平成三十年』では今のモバイル中心のネット全盛時代までは予測できておらず、登場人物たちはネットを利用するときは常にパソコンの前に陣取る。

 ただ、スマホとアプリを軸としたネット利用の爆発的な普及と深化は、アイフォンやアンドロイド端末、つまりはアップルとグーグル(それに韓国や台湾、中国の端末メーカー)という海外勢主導の取り組みによるものだった。そこまで予想しろというのは堺屋にも酷な話だろう。

 続いて『平成三十年』の日本と世界のマクロ経済を見てみよう。

◆外国為替:16年6月時点で1ドル=230円、12月で250円前後の水準――現実では16年下半期、100~110円の範囲で推移。ただし、2011年以降は円安傾向が続いている=×

◆資源危機:中国など新興国での需要の急増で07~08年に資源価格が高騰。世界規模の経済危機が起きる――実際には資源価格の全般的な急騰は見られないものの、作中の資源危機と同じ時期に世界金融危機が発生=△

◆物価:円安と資源危機でインフレが亢進し、ガソリンが1リッター=1000円、東京の地下鉄初乗り運賃が500円、グレープフルーツが1個500~600円など。物価や賃金の水準は総じて96~97年時点の3倍――現実ではデフレ続き=×

◆株価:日経平均は17年9月時点で2万円割れ、18年1月で2万円突破。バブル崩壊後の最高値は3万円を超えた――16年の日経平均の絶対額では現実と近いが、インフレ分を割り引いて考えると現実より大幅に低い水準。実際のバブル崩壊後最高値は2万2666円=×

◆GDP:17年は1340兆円で、国民1人あたりでは1120万円。ドル換算では4万4000ドル強で、米国の半分、EUの7割、韓国と同じレベル――現実ではGDP(名目)が16年度で537・5兆円、1人あたりが15年度で419・1万円(3万8917ドル)。対外比は16年度で米国の68%、ドイツの93%、韓国の141%=△

◆成長率:17年は実質マイナス2%――実際はプラス1・5%=×

◆国際収支:17年は貿易収支が500億ドルの赤字――現実では16年の貿易収支が2167億ドルの黒字。ただし、貿易収支の黒字化は6年ぶり=△

◆国家予算:17年度は大幅に膨張して総額307兆円。77兆円の財政赤字は国債発行で補填――17年度一般会計の歳出総額は97・5兆円。赤字国債発行額は28・3兆円。『平成三十年』の物価水準は現状の約3倍ゆえ、ほぼ的中=○

◆税率:消費税率は04年に8%、11年に12%と上昇。18年には20%までの大幅引き上げも? 所得税率(地方税合算)は最高で50%――消費税率の上昇は予測より遅いが、引き上げ圧力は強い。最高所得税率は地方分を含めて55%=△

◆人口:15年に年間出生数100万人割れ――現実の100万人割れは16年=○

◆人手不足:製造業従事者数が17年に1000万人を切る――実際の1000万人割れは12年=○

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