「河野景子」に男の影を疑った「貴乃花」 長男からも“離婚報告”

エンタメ 芸能 週刊新潮 2018年12月6日号掲載

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「これは卒婚です」。離婚が発覚した直後、元貴乃花親方(46)は、スポーツ紙の取材にそう強調した。が、そのウラには、元妻・河野景子さん(54)に男の影を疑う苦悩も。時を同じくして、タレント長男からも「離婚報告」が届いていた。

 ひと月以上も隠されていた離婚が表に出たのは、11月26日のこと。折しも元弟子の貴景勝が劇的な初優勝を決めた翌日だった。

 2人は1995年、貴乃花が綱を張っていた時代に結婚した。以来、彼は力士、また親方として幾度も危機があったものの、その都度乗り越えてきたが、

「離婚の直接のキッカケは、親方が9月末、相撲協会を退職したことです」

 と語るのは、経緯を知る部屋の元後援者だ。

「8名の弟子を預かっていた親方が突然、協会を離れると発表した。しかも、驚くべきことにこれを景子さんに相談していなかったんです」

 これでは景子さんが怒るのも当然だろう。

「そもそも、景子さんはここ数年、夫と距離を置いていました」

 と元後援者が続ける。

「直情径行な言動を繰り返しては周囲と軋轢を生む夫に愛想が尽きていたんです。親方は普段、部屋に寝泊まりしていましたが、景子さんはまだ学生の2人の娘さんの通学の便を理由に五反田の家に住み、時々部屋に通うという生活を続けていた。とりわけ最近は、パーティーなど公式な行事には顔を出し、おかみさん然と振る舞うものの、部屋そのものには寄り付かなかった。親方の身の回りは荒れ放題だったそうです」

 事実上の“別居”状態だったのだ。が、景子さんが決定的なところに踏み切らなかったのは、彼が理事長になる目があったから。

「理事長夫人になる夢を見ていました」(同)

 夫の出世こそが夫婦を繋ぎとめる唯一の縁。が、そこに来ての仰天の退職、そして「事後報告」に、もう愛想も全て尽きた、ということなのである。

 一方の元親方にも“事情”があった。もともと姉さん女房に惚れっ放しの元親方だったが、ここに来て、“変化”が生じていたという。

「この夏頃でしょうか。親方がしきりに“協会でも孤独ですが、家でも一人ですよ……”とこぼすようになったんです」

 と言うのは、元親方の知人。

「そうかと思えば、周囲に“景子に親しい男がいるんじゃないか”“知っていますか”と嗅ぎまわるようになった。別に具体的な証拠があるワケではないので、単に親方の勘繰りだったんでしょうが、思い込みの激しい人ですから、信じ込んでしまって……」

 暴挙に出るには、かような背景があったのである。

「加えて子どもの将来についてもミゾが生まれていました。長男の優一クンは、靴職人として働く一方、タレントとしても活動してきましたが、親方はこれに反対。地道に働いてほしいと願っていました。が、景子さんは逆で、息子を芸能事務所に紹介してしまったほど。優一クンもお母さんべったりで、親方は娘も含めた家族全体から浮いた存在でした。優一クンは周囲に“あんな奴、父でも何でもない”と公言していたほどです」(同)

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