「米中貿易戦争」長期化を覚悟する習近平の「戦略」

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「『覇権』という言葉は使わないでもらえないか」――。

 9月、講演のために招聘された著名な中国政府系シンクタンク側から、筆者は事前にそう念押しされた。筆者が講演のテーマとして提示していたのは、中国語では『全球話語権競争』である。直訳すれば「グローバルな発言権をめぐる競争」となろうか。

 実質的テーマは、「米中貿易戦争の本質は、構造的な覇権争い」ということだ。

 この講演時の中国側研究者との意見交換は、貿易戦争を仕掛けた米国に対する中国側の対応についてが主軸となり、政府幹部への聞き取りは、習近平政権の対応の是非が主体となった。

 本稿は、北京の中国共産党筋とのこうしたやりとりを含め、中国側が披露した認識を抜粋し構成してみたい。

「自主開発」を政権の求心力に

 講演では、「戦争」という言葉も「摩擦」に代えるよう注文されたが、「覇権」も「戦争」も活発な議論のなかで次第にお構いなしとなった。

 米中貿易戦争の本質は、ドナルド・トランプ米大統領がさきの国連演説で「技術移転の強要、知的財産の略奪」と指摘したように、中国のデジタル覇権、ハイテク覇権の阻止にある。

 中国側は、技術覇権と軍事覇権は表裏一体であり、貿易戦争の本質は安全保障だという点を明確に認識している。言葉にしなくても、大国の興隆をかけた覇権争いととらえるべきとの考えに反論はない。

 中国のハイテク育成政策「中国製造2025」は10の分野を掲げ、ハイテク超大国を目指すものであり、邁進している。今世紀半ばには軍事で米国と並ぶ強国となることも、習近平中国国家主席は実現可能な目標、見通しとして掲げている。

「中国製造2025」には、基盤技術産業の国産市場シェアの目標が書かれており、これをそのまま推進されると、中国市場と第三国の市場で外資が大きな影響を受けることになると日米欧は批判している。技術移転強要、海外の技術買収への国家的介入だけでなく、中国企業への補助金、中国企業から材料を調達するよう求める姿勢、政府支援による生産能力過剰問題など、こうした一連の中国の手法を問題視してきた。

 とりわけ、米国の危機感は強く、米国の標的が「中国製造2025」であることは明らかである。ただ、トランプ大統領自身の認識がどこまであるのかは不明ではある。

 当初中国側は、米国の対中制裁はトランプ大統領の政治パフォーマンスであり、米国の貿易赤字問題については、中国側の米製品の巨額購入で手打ちできると考えていたという。

 では、米国側の危機感、覇権を渡さないという認識を、中国側はどこまで理解していたのか。筆者のこの問いに、中国共産党幹部はこう答えた。

「従来の米政権の政策を出すまでの手順はわかっていたが、トランプ大統領の出現によって不規則となった。ホワイトハウス内の情報も薄くなった。さらに問題だったのは、米国で対中穏健派までもが対中強硬派に変わったことへの認識と対策が遅かったことだ。ホワイトハウスだけでなく、政府や研究者レベルにいたるまでその状況が拡大しているとの分析が、(党中央に)正確に上がっていなかった。トランプ大統領の中国叩きを喜ぶ西側の空気感についての分析も不足していた」

 仮に米中が一時休戦しても、再び異なる角度で米国は問題を提起し、争いは長期化するのではないか。米政権では、米国側に痛みがあっても中国側に損失があるまで闘いは続くとの認識もあるようだが、と続けて問うと、

「今のトランプ政権では、確かに中国とのウィンウィンの関係や中国という巨大市場、そこから得られる利益を失っても、ハイテク分野や軍事面で優位性を失うリスクの方が大きいとの考えが広まりつつあるようだ。米国の対中強硬派に対する我々の側の情報収集と分析が甘かったのも確か。対中穏健派からの情報に耳が傾きがちだったのだ。問題は長期化するだろう。しかし、『中国製造2025』を修正、撤回することはない。貿易赤字問題で譲歩しても、トランプ政権は人民元の問題や知的財産の問題を大きくするかもしれない。人権問題や他の問題を持ち出すこともあり得る」

 中国側の予想通り、マイク・ペンス米副大統領は10月4日、中国に関する演説で、中国の「略奪的」な経済慣行だけでなく、中国に有利な融資システムによる他国への圧迫や、中国の治安当局による「米国技術の大規模な窃盗」を批判した。

 さらに、米国に対する攻撃的な軍事姿勢や日本の尖閣諸島に対する監視活動、トランプ大統領の再選を阻もうとする試み、宗教的少数派(新疆ウイグル自治区でのウイグル族)に対する弾圧など、幅広く中国批判を展開した。トランプ政権はこうした問題もクローズアップさせてくると考えられる。

 また続けて、こういう問いもぶつけてみた。

 習近平主席は自主開発路線を強調している。しかし、経済規模は世界第2位でも、現時点では世界が真似したがるような独自の技術が中国にはほとんどないのが実態だ。日本などが技術供与した新幹線(高速鉄道)を自分たちの現代の4大発明の1つだとすり替えるような体質であることも、よくよく知られている。確かに、トランプ大統領の強圧的手法には首を傾げざるを得ない面もあるにはあるが、独善的なやり方を続ける中国には世界の同情は集まらないのが実情ではないのか。

「中国内でも、対米強硬派で知られる研究者を除いて、知識層では中国のやや強硬な外交姿勢(巷では、国内で人気を博した中国映画『戦狼』をもじって『戦狼式外交』と政権を批判する際に使用する向きがある)への反省がある。個人的には、『韜光養晦』(才能を隠して内に力を蓄えるという、かつての最高指導者・鄧小平が強調した外交・安保方針)がベストだったとは思う。しかし、国内では自らの任期を撤廃した習近平主席への批判も内々に燻ぶっているため、中国経済の失速と社会の不安定を何としても避けねばならない。だからこそ、『自主開発』を政権の求心力を高めるためのスローガンとしても使うのだ」

愛国心を鼓舞する演説

 今回、筆者が接触した中国政府関係者、研究者のほとんどが、習近平政権は、国民の愛国心を鼓舞しつつ、自主開発を強力に推し進める方向に舵が切られたと明言した。

 実際、習近平主席は、このところしきりに「自力更生」「創新技術」(イノベーション)といったキーワードを使って演説している。

 たとえば5月には、マルクス生誕200周年大会、軍事科学院での視察、中央外事工作委員会、科学者を集めた大会などで、表現こそさまざまだが、「『自主創新』で世界の科学技術強国を建設する」「カギとなる革新技術の『自主創新』」とのスローガンを掲げた。

 地方では4月、湖北省で長江経済ベルトに関する座談会や三峡ダムを視察した際、「自力更生」を訴えるなど、党中央の方向性を地方でも浸透させる動きを活発化させている。

 9月には、黒竜江省での視察で、「先端技術や革新の技術はますます手に入れにくくなっている」と述べ、自力更生への決意を強調した。

 しかし筆者の取材では、知識層のなかで「自主創新」に懐疑的、批判的な見解をとる向きも多い。ただし、表面化しないよう徹底した監視・規制体制を敷いていることも周知のとおりだ。

 中国メディアでは、これまでの「中国は強国である」との報道は消え、現在は、先進国とは技術レベルで差があることを強調したうえで、「両弾一星(原爆と水爆と人工衛星)から高速鉄道、航空母艦にいたるまで達成した。自力更生、自主創新で革新技術の壁を突破しよう。問題は時間だけだ。肝心なのは決心と意思である」などと、愛国心を鼓舞し国産化への道を中国なら達成できると強調している。

 そうした一方で、中国政府は9月24日、米中貿易摩擦に関する対外的な公式見解を発表した。要点は、「政府は外資に技術移転は強制しておらず、企業間のビジネス上の行為を強制というのは事実の歪曲である」というものだ。公式に反論することで、米国に折れない姿勢を国際的にも強調した形だ。

 これらの流れを見ている限りにおいては、対中貿易で利益は上げたいものの、中国の強大化する軍事力やいわゆる「戦狼式外交」に対する不信という西側諸国に横たわる対中認識を、ここにきてようやく一定程度分析し、理解しはじめているように見える。

 しかし、かと言って大幅な対米譲歩をしないのは、国内で政権への批判が生じ、習近平主席への個人批判に直結することを恐れているからだ。

 経済を皮切りに政治、軍事へと国際的影響力を高めるための「一帯一路」戦略、米国と並ぶ覇権を視野に入れた「中国製造2025」政策は、習近平政権にとって是が非でも成功に導かなくてはならない国家戦略であり、その修正は、政権基盤そのものを揺るがすことにもなりかねない。だからこそ、修正は今後もあり得ないだろう。

 一方で、米中貿易戦争を勝ち抜くべく着々と「備え」の施策も進めている。

 国内経済、特に雇用に影響が出ることを大きな問題ととらえ、さまざまな雇用対策を各地方などにも研究させまとめている。すでに構造改革を後回しにし、財政投資を重視することも決定した。地方政府は自国企業に対し、雇用を維持せよと通知徹底している。

 今回、中国側が筆者に強調したのは、貿易戦争で損失は受けるが、世界最大の巨大市場がある限り、マイナス成長にはならないだろうとの認識だ。

 技術移転に対する批判は今後、米国以外の先進国からも厳しくなることは予想しているため、企業・大学向けの研究開発費の増加と、これまで以上の人材の引き抜きに力を入れる方向だ。

「創新技術」を図り、成長軌道に乗せれば、「中華民族の偉大な復興」は成し遂げられるとの考えは不変なのである。

「問題は時間だけ」

 米中貿易戦争における現在までの対抗具合から、現状では中国が不利であると分析する国内外の論者が多く、中国側もそれを認める。

 だが、たとえばボーイングなど航空機の購入キャンセル、アップル社のスマートフォンや米国製自動車、農産品の中国市場からの排除、中国側の損害が出ることを承知のうえでの米国債の売却、米政府・企業・個人に対する個別的報復措置など、さまざまな対抗策が可能であることも強調した。

「創新技術」についても、いくら国際的な批判が高まったとしても、「今後も最先端技術は手に入れられる。問題は時間だけだ」(技術革新を担当する地方政府幹部)という自信を隠さない。その根拠は明確に示さなかったが、これまでの手段を巧妙化させるということなのだろう。

 ちなみに、中国が、そして習近平主席があくまでも「自力更生」に、しかもとりわけ軍事面においてこだわり続ける点に留意しておく必要がある。固執する原点は、原爆開発で旧ソ連からの技術支援が得られなかったことに始まり、1996年の台湾海峡危機があると思われる。

 台湾海峡危機とは、台湾の李登輝総統(当時)の当選を阻止するために威嚇的に中国が軍事演習を展開したのに対し、米軍が2つの空母打撃群を派遣し、演習を抑え込まれた事態のことを指す。当時、福建省党委副書記だった習近平主席の衝撃は極めて大きかったと推測できる。事実、その後の中国は、習近平体制が確立するや国産空母製造へと邁進してきた経緯がある。

米「中間選挙」以後に要注意

 中国側は、失業率の押し上げは避けられないが、景気が大幅に悪化するとは考えておらず、GDP(国内総生産)成長に大きな影響はないと考えている。

 そもそも、米国の対中貿易赤字の解消は中国経済に大恐慌でも起こらない限り解決できず、中国がサプライチェーン(供給網)の末端に位置し、世界中の製品が中国から米国に向かう構造が変わらない限り解決できない、との見方だ。

 実際、中国からの輸出についても、「貨物輸出の約4割、ハイテク製品輸出の約7割は外資企業によるもの」と、李克強首相も強調している。

 加えて、インフラ投資の拡大など金融・財政の両面で景気の下支えをすることで、今後も景気の減速ペースは緩やかになるという計算も働いている。

 今回、現況の米中貿易戦争、およびそれに関する国際的な批判への対処策として、中国側から筆者に対し、(1)中国市場の対外開放度を高める(2)知的財産の窃取については停止の約束をし、刑法犯罪として対処を強化する(3)外資に適用されている法律を中国企業と同等に近づける(4)中国企業が外資を買収する際などの補助金問題は国有企業も民間企業も外資も同一に扱う(5)または補助金の停止も検討する、といった案があり得ると提示してきた。

 だが、果たしてこれらを実際に履行する意思が本当にあるのかどうかは疑問であり、その真意をよくよく見極めなければならない。何と言っても、先述した通り、手口を巧妙化させることでまだまだ西側諸国からの最先端技術入手に自信をのぞかせる政府関係者もいるのだから。

 ともあれ、仮に米国や西側諸国との間で妥協点を見出したとしても、それは一時しのぎにしか過ぎないだろう。その点は中国側も強く認識しており、米国側の「中国の軍事的台頭、技術強国、人民元通貨の覇権への道を塞ぐ意志」も明らかであるだけに、中国側はあくまでも「長期戦を踏まえた戦略(自主開発)が必要なのだ」と主張するのである。

 こうした方針は、今夏開催された「北戴河会議」(党指導部や長老らの非公式会議)でも支持されたと見られる。

 これまでのところ、米中貿易戦争では中国側の防戦色が濃く見える。が、これは11月6日に迫った米国の中間選挙の行方を見定めている面もあり、恐らくは選挙の結果を踏まえ、本格的な対米交渉に向けて動くと見られる。

 ネットも含めたメディア・言論の規制弾圧はますます苛烈を極めている。米中貿易戦争に関してだけではない体制、政権、あるいは習近平主席個人への国内での批判を抑え込み続けるとしても、対外的に11月以降どういう動きを見せるか注視したい。(野口 東秀)

野口東秀
中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。

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Foresight 2018年10月16日掲載

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