止まったら死にます 成功の秘訣はまず“体力”(古市憲寿)

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 見かけよりも体力があると言われる。確かに今週はグランピングで神奈川にて1泊後、軽井沢にある友人の別荘に泊まり、そして今は上海にいる。その合間に「とくダネ!」に出演したり、原稿を書いたりしているわけで、一切運動をしないし、運動神経が絶望的に悪い割には、身体が丈夫なのだと思う。

 しかし周囲には、僕以上の強者がたくさんいる。先日ドイツのバイロイトで一緒だったファッション業界の重鎮、齋藤牧里(まり)さんは、深夜にホテルへ到着。1日目はオペラを最後まで鑑賞したものの、2日目は幕間で抜けて、アイスランドへ旅立っていった。翌日早朝から17時間の氷河ツアーに参加するのだという。

 同じくファッション業界で活躍する軍地彩弓(ぐんじさゆみ)さんもすごい。蜷川実花さんの軽井沢の別荘に泊まった時のことだ。深夜までおしゃべりやゲームをしていたのだが、仕事があるからと、朝一番の新幹線で大阪へ向かって行った。しかも羽田からは飛行機。9時前には大阪へ着いたそうだ。

 一緒だったメディアアーティストの落合陽一くんも、最終の新幹線で軽井沢にやって来て、わずかな仮眠の後、やはり早朝の新幹線で東京へ戻っていった。

 僕の知る限り、社会的に活躍している人のほとんどは、体力が尋常ではない。フィクションの世界では、才能のある人は病弱に描かれることもあるが、リアリティがないと思える。

「バクマン。」という映画があった。主人公は、雑誌「ジャンプ」で人気漫画家を目指す若者。しかし終盤で、彼は身体を壊してしまう。ライバルであり仲間でもある漫画家の助けを借りてピンチを乗り切るのだが、この映画を観た漫画編集者が残酷な感想をもらしていた。「この主人公は、一流漫画家にはなれない」と。

「ジャンプ」に連載できるのは天才ばかり。しかし、ただの天才では「ジャンプ」で生き残れない。毎週約20ページの原稿を完成させ続ける体力も必要だからだ。つまり、若いうちから倒れてしまうような漫画家は、「ジャンプ」でトップにはなれないだろうと言う。

 メディアはよく成功者たちに、その秘訣を聞く。「本を読むこと」「好奇心を持つこと」など、その答えは千差万別だ。しかしそもそもの前提として体力は必須だと思う。ホリエモンは「多動力」を推奨するが、それも体力がなければ無理だ。

 多様性が叫ばれる時代だから、本当はもっと病弱な作家や、か弱い経営者がいてもいいのかも知れない。しかし現実問題として、体力がある人には時間がある。休息が少なくて済むからだ。そして時間がある人は、トライ&エラーを繰り返せる。結果、他人よりも成功しやすくなる。フリーで働く人にとって、どんな才能よりも、まずは体力こそが成功への鍵なのだと思う。

 翻って、そこまでして成功したいかという疑問もわいてくる。体力のあらん限り、活躍をし続ける人生。それって楽しいのだろうか。落合くんとか、本当に大変そう(余計なお世話)。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2018年9月20日号掲載

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