現在も色褪せない“怪物江川”に挑んだ気迫――「夏の甲子園」百年史に刻まれた三大勝負

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「セーフ、セーフ、セーフ!」

 あらゆる手を講じて勝利を目指すのは、高校野球の醍醐味だが、それにしても奇抜だった。多くのファンにとって、それは甲子園で初めて見る光景だった。

 サヨナラスクイズを封じられた作新は、ここでも術中にはまり、延長戦に突入する。作新は疲れの見え始めた松尾を攻め立て、12回裏にも再び1死満塁のチャンスを掴む。柳川はここでも「5人内野」を採った。炎熱の甲子園は、センター松藤がピッチャーとサードの間にやってくるのを感嘆と拍手で迎えた。そして、気力をふり絞った松尾の熱投で、2人の打者が打ちとられ、またしても作新はサヨナラのチャンスを潰した。

 決着がついたのは、延長15回裏である。作新が死球とバントの野選で掴んだ2死1、2塁。ここで作新のトップ和田がしぶとくショートの横を抜くセンター前ヒット。2塁走者野中が歓声と悲鳴の中、ホームに突っ込んだ。センター松藤からバックホーム! 観客が息を呑んだ瞬間、タッチを焦った捕手三宅がボールを落球。野中の左手がホームベースにタッチした。

「セーフ、セーフ、セーフ!」

 主審のコールが甲子園に響きわたった。延長15回、作新のサヨナラ勝ち。怪物江川に果敢に挑み、敗れ去った柳川商の奮闘に、一瞬の静寂ののち、甲子園は万雷の拍手に包まれた。

 怪物江川は、この試合で疲労困憊する。また、ライバル校に「江川を倒すことは可能」という雰囲気も生まれた。果たして次戦の銚子商戦で、作新は延長12回、雨の中、押し出しサヨナラ0対1で敗れ、甲子園を去っていくのである。

 怪物江川に果敢に挑み、そして去っていった柳川商。その気迫の戦いぶりは、40年以上が経過した今も、決して色褪(あ)せていない。

門田隆将(かどたりゅうしょう)
ノンフィクション作家。1958(昭和33)年高知県生まれ。中央大学法学部卒。雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなどの幅広いジャンルで活躍している。著書に『甲子園への遺言』『敗れても敗れても――東大野球部「百年」の奮戦』などがある。

週刊新潮 2018年8月2日号掲載

特集「『怪物江川』の登場! 『松井秀喜』が生んだ国民的論争!! 沸騰『夏の甲子園』百年史に刻まれた『三大勝負』――門田隆将(ノンフィクション作家)」より

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